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「肉形見」 第十六章・・・(紅殻格子)

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              「肉形見」

十六・

午前八時を回る頃には、武彦はすっかり酔い痴れていた。

「外は寒いから、少し酔いが醒めたら温泉で温まって行けよ。
今日は客もいないし、のんびり浸かっていったらいい」

武彦は浩一の気遣いを有難く受けた。
窓の外でしきりに降る雪を見ると、
温泉で酔いをしっかり覚まさなければ帰れない。

「由紀さんも入って行きなよ。さっき話した節穴はちゃんと塞いであるから、
変態平尾も覗けないからさ」

「馬鹿!」

武彦は浩一の頭を叩いた。由紀が笑いながら聞く。

「でも武彦さんもこんなオバさんじゃ覗いてくれないでしょう?」

「そんなことないよ。武彦は昔から由紀さんをおかずにオナニー・・・」

「あ、浅沼、いい加減なことを言うな」

武彦は慌てて浩一の言葉を遮った。
由紀は真っ赤な顔をして俯いてしまった。

確かに兄嫁は武彦にとって、姉でありながら女である不思議な存在だった。
姉とは言え血のつながらない女である。

しかも兄の智彦が亡くなり、兄の存在感が時間とともに薄れれば薄れるほど、
由紀の存在は生々しい女でしかなくなっていく。

(飲みすぎたかな)

武彦は額に手を当てて頭を振った。

大好きだった兄。

その兄が愛した由紀に不埒な想像をすること自体、
兄を冒涜するようで気が滅入った。

ゆっくり温泉で酔いを醒まして、今夜は早く帰ろうと反省した。

つづく・・・

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 「肉形見」 第十五章・・・(紅殻格子)

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            「肉形見」

十五・

節穴の先にはカランが並んでいた。
その前で一人の女が座って髪を洗っている。

湯気に隠れて鮮明には見えないが、
背中から尻にかけての輪郭が浮かんでいる。
蛍光灯の安っぽい白光の下、女体は僅かな動きでも微妙に陰影を変えた。

初めて見る生の女体の迫力に武彦は圧倒され、
禁断の節穴からなかなか目が離せないでいた。

「おい、平尾」

背中を叩かれて武彦ははっと我に返った。
浩一が武彦の股間を指差して笑っている。

下半身がいつの間に力を漲らせていたのだ。
武彦は慌てて湯船に飛び込んだ。

浩一の笑い声が浴室に響き渡る中、
武彦はしばらく湯船からあがることができなかった。

「こいつ、のぼせて真っ赤になってるのに、ずっと湯に浸かりっぱなしでなぁ」

「きゃはは、いやだぁ」

香澄は炬燵のテーブルを叩きながら笑い転げている。
多少脚色している部分はあるものの、
普段なら武彦も一緒になって盛り上がる昔話である。

だが今夜は兄嫁の由紀が隣にいるのだ。
武彦はちらっと由紀の様子を窺った。

由紀は浩一の話にくすくすと笑いながらも、時折怒ったような顔で武彦を睨んだ。
武彦は自慰を母親に覗かれたような恥ずかしさに赤面した。

つづく・・・

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 「肉形見」 第十四章・・・(紅殻格子)

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              「肉形見」

十四・

高校時代、武彦はよく浩一の家に泊めて貰った。
その夜も武彦は夕食をご馳走になり、寝る前に浩一と温泉に浸かった。

温泉は立派な檜風呂で、
湯船には乳白色の硫黄を含んだ湯が満々と湛えられている。
その時、隣の女湯から若い女の声がした。

「女子大生が三人、今夜は泊まっている」

浩一は小声で武彦に囁いた。
秘湯ブームで、こんな山奥の温泉にまで若い女性が足を運ぶらしい。

「おい、幸い他の客もいないし、いい事を教えてやろうか」

風呂は元々一つの大きな浴室で、
それを高さ2メートルほどの檜板で男湯と女湯が仕切られている。

浩一はその檜板に近寄って武彦を手招きした。
見ると無数にある檜板の節目の中、一箇所だけ小さな穴が開いている。

「見てみろよ」

浩一はニッと笑った。
覗きが犯罪行為であることは十分承知していた。

だが童貞の武彦が生身の女体を目の当たりにして、
欲望を抑えきれるはずがなかった。
武彦は罪悪感を覚えながらも、淫猥な節穴に吸い寄せられた。

つづく・・・

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「肉形見」 第十三章・・・(紅殻格子)

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              「肉形見」

十三・

予定通り新婚夫婦は恥知らずだった。

「香澄、僕にもお酒」
「はい、ア・ナ・タ」

武彦と由紀の前で、浅沼夫婦はべたべたと仲睦ましさを見せつける。
ぴったりと寄り添い、一つのお猪口を交互に口に運ぶ。

由紀は目の遣り場に困ってか、伏し目がちに顔を赤らめている。
武彦は少し厭味を込めて浩一に言った。

「新婚して半年経つのに、まだ新婚夫婦みたいに仲が良くていいな」
「平尾、お前も早く結婚しろよ。
変態性癖者がいつまでも一人でいると実に危険だ」

「ええっ、平尾さんって変態なの?」

香澄がキャッと大袈裟に驚いた。
由紀も目を丸くしている。

「由紀さんも気をつけた方がいい。この男は風呂場覗きの常習犯ですぞ」

「まあ、武彦さんが?」

由紀は警戒してか、隣に座る武彦との距離を開けた。

「馬鹿、あれはお前が」

反論しようとする武彦を抑え込んで、浩一は事件のあらましを話した。

つづく・・・

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「肉形見」第十二章・・・(紅殻格子)

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             「肉形見」

十二・

窓の外では雪が深深と降り続けている。
武彦は炬燵で背を丸め、浅沼浩一が注いでくれた酒を口に運んだ。

「本当に久しぶりだな、平尾。今日は泊り客もいないし、ゆっくり飲もうや」

「ああ、兄貴の葬儀以来だから二年ぶりか」

浩一は小学校から高校まで共に過ごした幼馴染で、
湯女川駅前の温泉旅館を継いでいる。
武彦は故郷へ帰った時は必ず、浩一と旧交を温めることにしていた。

「さあ由紀さんも一杯」

浅沼は武彦の隣でちょこんと座っている由紀に酒を勧めた。
こうした飲み会に不慣れなのか、由紀は恐る恐るお猪口を差し出した。

「私も頂こうかしら」

酒の肴を運び終わった浩一の妻、香澄も炬燵に潜り込んできた。
浩一と香澄は今年結婚したばかりである。

かつて武彦と浩一が飲む時は、
二人で延々と朝まで飲み明かすのが常だった。
しかし今夜は浩一が、由紀も寂しいだろうから呼べと言い出した。

新婚夫婦にあてられるのも癪なので、武彦は由紀を誘ってみた。
泰治と絹江も今夜は集落の忘年旅行で、
家を空ける予定になっていたのが好都合だった。
由紀は迷惑でなければと、武彦の誘いに応じてくれた。

つづく・・・

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「肉形見」 第十一章・・・(紅殻格子)

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             「肉形見」

十一

年老いた両親、そして行く所のない兄嫁__。
それは武彦自身の人生に大きな転換を迫る問題だった。

東京での生活は楽しい。
六本木・赤坂・新宿・渋谷。
都会が作り出す娯楽は、住む人間を退屈させることがない。

東京には理沙という二十二歳の恋人もいる。
だがサラリーマン社会が辛いのも事実だった。

厳しいノルマに靴をすり減らし、複雑な人間関係に神経をすり減らす毎日。
加えてここ数年の不況が原因で、
日本流の年功序列制度に支えられた家族的経営が廃れ、
米国流のドライな経営が主流となりつつある。

温もりのある人間関係を捨てた会社は、個人主義、
実績主義の殺伐としたものに様相を変えつつあった。

汲めども尽きぬ都会の歓楽。
半面無味乾燥した都会の孤独。

久しぶりに故郷の温もりを肌で感じた武彦は、
その両極端な都会という魔物に、心穏やかならず揺れ動いていた。

つづく・・・

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「肉形見」第十章・・・(紅殻格子)

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               「肉形見」

十.

武彦は墓に手を合わせる由紀に聞いた。

「義姉さん、兄貴が死んでもう二年になるけど、
このまま家にいたら、いい再婚話も来ないじゃないかな?」

由紀は武彦に愁いに満ちた瞳を向けた。

「寂しいことを言わないで、武彦さん。
うちの実家は弟が結婚して跡を継いでいるの。
今更私に帰る場所なんてないのよ。 それを出て行けなんて・・・」

「いや、出て行けなんて言ってないよ。ただ義姉さんは若くて綺麗だし、
まだ先の長い人生をこのまま独りで過ごすなんて・・・」

「武彦さんはまだ結婚してないからわからないでしょうけど、
一度築き上げた生活を変えるのはそんなに簡単じゃないわ。
夫と死に別れた女は再婚しなければ幸せになれないなんて寂し過ぎる。
智彦さんと結婚したご縁で、お義父さんとお義母さん、
それに武彦さんとも家族になれたの。
私、平尾家の人間になってとても嬉しかった。
智彦さんは亡くなったけど、その思い出の残る平尾の家で、
家族と一緒にいられるだけで私は幸せなのよ」

武彦は控え目で大人しい由紀が、
実は芯の強い女性であることを改めて知らされた。

「でもね、いつか武彦さんがお嫁さんを連れて帰って来るでしょ?
その時までにはいい男性を見つけるから心配しないで」

由紀は墓石の横に植えてある柘植の雪を手で掃いながら、
冗談めかして言った。

だが、瞳は迷子の子犬のようにどこか怯えた悲しみに溢れていた。

つづく・・・

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「肉形見」 第九章・・・(紅殻格子)

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               「肉形見」

九.

武彦が合掌を終えると、由紀が墓前に額ずいた。
由紀は黒髪を無造作に束ね、化粧をすることも忘れてしまっていた。

しかし色白の瓜見顔と柳眉、二重瞼を彩る長い睫、
整った小さな口唇は、化粧などしなくても十分美しかった。

じっと手を合わせて瞑目する由紀の横顔は、
未亡人の愁いを湛えながらも、墓石を兄に見立てて甘えるようにも見えた。

由紀は二十四歳で智彦に嫁いだ。
隣村の農家の出身で、役場の職員として働いていた。

由紀は近郷でも評判の美人で、若者たちの人気は高かったらしい。
智彦は村の若者同士の交流で由紀を見初め、
並み居るライバルを蹴落として娶った。

智彦の審美眼は正しかった。
男にもてはやされる女は得てして天狗になりやすい。

しかし由紀は違っていた。
厳格な家庭に育ったせいか、万事控えめで辛抱強かった。

辛い農作業も苦にせず、舅姑によく仕えた。
智彦との夫婦仲も傍目が羨むほど睦まじかった。

だが人生の伴侶は早世した。
智彦との思い出だけに縋って残された人生を送るには、
由紀は余りにも若過ぎた。しかも子供はない。

女盛りの由紀に再婚の意思があれば、引く手数多に違いない。
その由紀が、亡き夫に操を立て、舅姑に義理を立て、
平尾の家に骨を埋める気でいるのが武彦には忍びなかった。

(どうして義姉さんは・・)

武彦には由紀の心中が読めなかった。
別に泰治と絹江が引き止めているわけではない。

現に智彦の一周忌に、泰治は早く再婚する相手を探すよう由紀を説得した。

だが由紀は実家に帰る素振りも見せず、
第二の人生を始める気配も見せなかった。

つづく・・・

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「肉形見」 第八章・・・(紅殻格子)

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             「肉形見」

八.

智彦とは年が離れていたせいか、兄弟喧嘩をした記憶はなかった。
農繁期で両親が忙しい時、幼い武彦の面倒をみてくれたのは智彦だった。

夏の暑い盛り、虫取りや魚釣りに連れて行ってくれた兄。
冬の雪山で、熱心にスキーを教えてくれた兄。

県立高校を主席で卒業した智彦だったが、農業を継ぐために進学はしなかった。
本心は大学へ行きたかったに違いない。

そして、武彦は東京の大学に進学を希望した時、
猛反対する両親を説得してくれたのは智彦だった。

本当に優しい兄だった。
由紀と結婚した時の幸せそうな顔。
そして病床でのやつれ果てた顔。

恩返しひとつできないうちに兄は世を去ってしまった。
死期を悟った兄は武彦が最後に面会に行った日に、遺言のような言葉を漏らした。

「武彦、親父とお袋を頼む・・・」

しかし未だに武彦は兄との約束を果たせずにいる。
兄の墓標を前にして、武彦はサラリーマン生活に流されている
己の優柔不断さに身が縮む思いがした。

つづく・・・


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「肉形見」第七章・・・(紅殻格子)

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              「肉形見」
七.

翌朝、武彦は兄の墓参りに出かけた。
墓は山の中腹にあり、急な坂道を登らなくてはならない。

「武彦さん、滑るから気をつけて」

ふくらはぎまで埋もれる雪に足を捕られながら、
武彦は懸命に由紀の後ろを追った。

しかし都会暮らしが長いせいか、雪道歩きの感が戻らず思うように進まない。
由紀は女だてらにすいすいと登り、急な坂道では手を貸してくれた。

泰治が由紀を付き添いに寄越した理由がやっとわかった。
杉木立に囲われた墓所は一面雪に覆われ、
墓石はこんもり小さな雪帽子を被っていた。

ただ平尾家の墓だけはきれいに雪が掃われている。
きっと由紀が毎日のように墓参りしているからだろう。
武彦は墓前で手を合わせた。

(兄さん・・・)

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プロフィール

紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

繊細な人間描写で綴る芳醇な官能世界をご堪能ください。

ご挨拶
「妄想の座敷牢に」お越しくださいまして ありがとうございます。 ブログ内は性的描写が多く 含まれております。 不快と思われる方、 18歳未満の方の閲覧は お断りさせていただきます。               
児童文学 『プリン』
  
『プリン』を読む
臆病で甘えん坊だった仔馬は、サラブレッドの頂点を目指す名馬へと成長する。
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だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
『プリン』を読む

作 品 紹 介
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