『合 わ せ 鏡』 第一章
野崎は早紀の体だけでなく、心の内にまで君臨しようとしていた。
夫への罪悪感も消え 早紀はただ犯される喜びだけを貪った
『合 わ せ 鏡』
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(一)
地震でもないのに部屋が揺れている。
まっすぐ歩いているつもりなのに、足がもつれて右へ左へとよろめいてしまう。
(ちょっと飲み過ぎたかしら)
谷口早紀は転がるようにソファへ倒れ込んだ。
顔が熱く火照り、ドクドクと高鳴る心音が鼓動を震わせる。
「智くん、水を持ってきて」
早紀は焼けるような喉の渇きに、玄関の鍵を閉めに行った夫の智彦を呼んだ。
「今持っていく」
そう応えると、智彦は小走りでキッチンに向かい、冷蔵庫から氷を取り出し、ミネラルウォーターをグラスに注いでくれる。
「ねえ、早く頂戴」
短いタイト・スカートを穿いたまま、ソファで大の字に脚を投げだした早紀は、鼻にかかった甘い声で智彦を急かした。
「お抱え運転手の後はウエイターが…まったく人使いが荒いよな」
ぶつぶつ文句を言いながら、智彦はグラスを差し出した。
「何か言った?」
すかさず早紀は切り返す。
「べ、別に…でもそんなに酒を飲んだら体に毒だよ。気をつけないと」
「わかっているわよ。私だって好きで飲んだわけじゃないもの」
冷たい水を一気に飲み干し、早紀はほっと一息ついた。
ふと視線を感じた。
見ると、フローリングに胡坐をかいた智彦が、早紀のスカートの中をちらちら覗いている。
「智くん、どこを見ているの?」
「あ、その…」
智彦はびくっと肩をすぼめ、おどおどした目を宙に彷徨わせた。
「罰としてお風呂の用意をして下さいね」
「は、はい」
穏やかな口調だが、拒むことが許されない女主人の命令に、智彦は再び小走りでバスルームへ向かった。
(可愛い人…)
甲斐甲斐しい夫の後ろ姿に、早紀はふっと口元に笑みを漏らした。
つづく…
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