『合 わ せ 鏡』 第十章
『合 わ せ 鏡』
FC2 Blog Ranking
(十)
賑やかな金沢市街のネオンが流れる車の窓に、夫の智彦の優しい笑顔がぼんやりと浮かんだ。
智彦には会社の研修旅行だと嘘をついていた。
智彦は早紀を疑おうともせず、羽田まで車で送ってくれた。
早紀は背徳の後ろめたさに、慌てて夫の幻影を掻き消した。
(智くんを裏切ってまで、仕事に固執する必要があるの?)
今の会社を辞めてもMRという専門技能があれば、再就職先はいくらでもある。
再就職できなくても、贅沢さえしなければ、智彦の給料だけで十分生活はできる。
(女の意地?それとも自分のブライドを守るため?)
早紀は首を振った。
あれだけの啖呵を切った手前、売上を倍増して課長を屈伏させたい。
だがいくら勝気な性格でも、自分の身を貶め、不貞の罪を被ってまで、執着する勝負ではないこともわかっている。
(どうして金沢に来たのかしら?)
いくら自問自答しても、自ら野崎の毒牙にかかりにきた理由はわからなかった。
ただ今の早紀にできるのは、震える体を懸命に抑えることだけだった。
早紀は覚悟を決めて部屋でシャワーを使うと、再びスーツに着替えて野崎の部屋へ向かった。
「入りたまえ」
広々としたツイン・ルームだった。
野崎はバスローブ姿でベッドに腰かけ、膝に乗せたノート・パソコンを操作していた。
「隣に座りなさい」
ともすればがくがくと震えそうな膝を抑え、早紀は少し離れて野崎の隣に腰かけた。
「君が得意とするDVDだ」
野崎はパソコンの液晶画面を早紀の方に向けた。
早紀は驚きの声をあげた。
そこには裸の男女がベッドで絡み合う映像が映っていた。
「や、やめて下さい」
早紀は顔を背けた。
アダルトDVDを見せて早紀を誘淫する腹だろうが、そんな安っぽい淫売女と一緒にされたくはなかった。
「いいから見るんだ」
口調に怒り混じり、野崎の髭が震えた。
早紀は渋々ながら命令に従った。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
FC2 Blog Ranking
(十)
賑やかな金沢市街のネオンが流れる車の窓に、夫の智彦の優しい笑顔がぼんやりと浮かんだ。
智彦には会社の研修旅行だと嘘をついていた。
智彦は早紀を疑おうともせず、羽田まで車で送ってくれた。
早紀は背徳の後ろめたさに、慌てて夫の幻影を掻き消した。
(智くんを裏切ってまで、仕事に固執する必要があるの?)
今の会社を辞めてもMRという専門技能があれば、再就職先はいくらでもある。
再就職できなくても、贅沢さえしなければ、智彦の給料だけで十分生活はできる。
(女の意地?それとも自分のブライドを守るため?)
早紀は首を振った。
あれだけの啖呵を切った手前、売上を倍増して課長を屈伏させたい。
だがいくら勝気な性格でも、自分の身を貶め、不貞の罪を被ってまで、執着する勝負ではないこともわかっている。
(どうして金沢に来たのかしら?)
いくら自問自答しても、自ら野崎の毒牙にかかりにきた理由はわからなかった。
ただ今の早紀にできるのは、震える体を懸命に抑えることだけだった。
早紀は覚悟を決めて部屋でシャワーを使うと、再びスーツに着替えて野崎の部屋へ向かった。
「入りたまえ」
広々としたツイン・ルームだった。
野崎はバスローブ姿でベッドに腰かけ、膝に乗せたノート・パソコンを操作していた。
「隣に座りなさい」
ともすればがくがくと震えそうな膝を抑え、早紀は少し離れて野崎の隣に腰かけた。
「君が得意とするDVDだ」
野崎はパソコンの液晶画面を早紀の方に向けた。
早紀は驚きの声をあげた。
そこには裸の男女がベッドで絡み合う映像が映っていた。
「や、やめて下さい」
早紀は顔を背けた。
アダルトDVDを見せて早紀を誘淫する腹だろうが、そんな安っぽい淫売女と一緒にされたくはなかった。
「いいから見るんだ」
口調に怒り混じり、野崎の髭が震えた。
早紀は渋々ながら命令に従った。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る