二十三夜待ち 第一章
二十三夜待ち 第一章
FC2 Blog Ranking
夜半、南東の空に下弦の月が昇る。
房総丘陵が夜空より暗く沈み、臥竜の如くうねりをつくり寝そべっている。
氷のように冷たく青い月光が、晩秋の澄んだ夜気を透過し、山の斜面に広がる薄の穂を仄白く浮かび上がらせる。
いつもならすでに寝静まっている山奥の集落だが、今宵ばかりは、女達が老若集って降り注ぐ月の光を愛でている。
二十三夜待ち。
旧暦の九月二十三日は、江戸の昔から続く月待ち講から、飲食を共にして月の出を待つ風習が日本中に根づいている。
ここ、房総半島の中程に位置する月海集落でも、深夜の月の出から夜が明けるまで、女達が村外れの月讀神社に集まって、一睡もせず長話するのが習いになっていた。
昭和十九年、戦局は厳しさを増していると聞く。
都市部では食料が逼迫し、増産のために中等学校以上の生徒五百万人が動員されたらしい。
まだ食料にゆとりがある農村では、決して贅沢とは言えぬが、古くからの娯楽が細々と続けられていた。
月讀神社の社殿からは、暗い世相故に尚更か、月見を楽しむ女達の笑い声が明るく響いていた。
月讀神社は月海集落に江戸時代からある神社である。
そもそも月海と言う地名は、付近にそびえる小高い月出山に因んでつけられた。
その山裾から昇る月が、低く連なる丘陵の稜線を照らすと、幾重にも重なる浜辺の白い波頭を想わせるからだと古老は言う。
高滝小鶴はフンと鼻で笑った。
続く…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る