『追憶の白昼夢』 第一章
私は彩香の薬指の結婚指輪を見て改めて
彼女が他人の妻であることを思い知らされた
嫉妬心がふつふつと湧き上がってきて…
『追憶の白昼夢』
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(一)
新横浜駅は人の波でごった返していた。
土曜日の昼食時、人気のラーメン博物館へ足を運ぶのか、それとも横浜アリーナで何かイベントでもあるのか、改札からは家族連れや恋人たちが引きも切らず溢れ出してくる。
梅雨晴れの空は早くも夏の到来を予感させるほど目映い。
気温も三十度近くまで上がり、蒸し蒸しとした暑気が肌に纏わりつく。
大胆なタンクトップ姿の少女が、胸元の白い谷間を覗かせながら行き交う。
私は陽射しと喧噪を避け、駅舎の陰で煙草に火をつけた。
(彩香と会うのも十五年ぶりか)
心落ち着かぬ私は、忙しなく紫煙を吐き出した。
赤い火玉が鼓動の高まりと同調して激しく熾る。
一家の主として妻子を養う三十七歳の私は、まるで初めて女性とデートする少年のように、そわそわと浮き足立っていた。
胸のうちで交錯する期待と不安は抑えようとしても抑え切れず、私はパチンと左手で頬をはたいてみたりした。
三日前のことだった。
中堅食品メーカーの経理課長として勤務する私宛に、一本の電話がかかってきた。
「速水課長、お電話です!」
若い女性部員に声を掛けられて、旅費精算書をチェックしていた私は、電卓を弾く手を止めた。
「誰から?」
「ナグモ様とおっしゃる方ですが…」
「ナグモ…?」
私は心当たりのない名前に首を傾げつつ、机の上の電話を指差して転送を頼んだ。
「はい、お電話替わりました」
「もしもし、哲っちゃん? 私。誰だかわかる?」
女の声だった。
聞き覚えがある。そして“哲ちゃん”いう懐かしい呼び名―。
ナグモ、南雲……。
「あっ、彩香か!」
思わず女の名を口にしてしまった私は、慌てて周囲を見回した。
幸い誰も気づかなかったらしく、皆、黙々と仕事を続けている。
「びっくりしたよ。久しぶりだな」
私は受話器を手で覆い、周囲を気にしながら小声で話した。
「お仕事中ごめんなさい。それも突然電話したりして…でも哲ちゃんが私のことを覚えててくれて嬉しいわ」
「あ、当たり前だろう。大学時代の友達を忘れるほど呆けちゃいないよ」
「ただの友達だったかしら?」
「い、いや、その、正確には昔の恋人」
つづく…
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