『追憶の白昼夢』 第四章
『追憶の白昼夢』
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(四)
「……」
私は言葉を失った。
彩香は十五年前と変わっていなかった。
私と同じ年だから今年三十七歳になるはずである。
しかし目の前の彼女は、昔つきあっていた頃のままだった。
生来のあどけない童顔故か、懐かしさがそう感じさせるのか、私は幻覚を見る思いだった。
「哲ちゃん、私、おばさんになっちゃったでしょう?」
そう言うと彼女ははにかんで俯いた。
鮮やかな翡翠色のノースリーブシャツに、スリットの入った同色のタイトスカート。
小柄だが体の線だけはスレンダーだった昔と違って、魅力的なラインを作っていた。
「い、いや、全く昔と変わらないよ」
「本当、お世辞でも嬉しいわ」
世辞ではなく本心だった。
十五年の歳月が一瞬のうちに滅して、過去にタイムスリップしたような錯覚に私は陥っていた。
彩香と別れてから今日までの出来事、就職・結婚・娘の誕生等々、蓄積された記憶の襞は消え、私は若々しい大学生の頃に戻り始めていた。
「どこへ行きたい?」
「そうねぇ、昔よくデートした海に行きたいわ」
彩香も過去を彷徨っているのか、うっとりした瞳で私の腕を抱きかかえてきた。
ボリュームのある胸が押し付けられた。
彼女の胸の感触にとまどいながら、私は彩香の瞳を盗み見た。
彩香の瞳は一般的な日本人と比べると色素が薄く、透き通るような鳶色をしている。
かつてその鳶色の瞳は、見る者の邪心を浄化するほど純粋で澄み切っていた。
しかし今、腕に縋っている彩香の瞳には、男心をそそる成熟した女のフェロモンにも似た情炎が、確かに点っている。
(やはり昔の彩香とは違う…)
その怪しい情炎が、逆に辛うじて過去に引き戻されそうになる私の理性を保ち、現実世界に繋ぎ止めた。
(なぜ彼女は電話をしてきたのだろうか?)
私は再び自問しながら、車を停めてある駐車場へと向かった。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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「……」
私は言葉を失った。
彩香は十五年前と変わっていなかった。
私と同じ年だから今年三十七歳になるはずである。
しかし目の前の彼女は、昔つきあっていた頃のままだった。
生来のあどけない童顔故か、懐かしさがそう感じさせるのか、私は幻覚を見る思いだった。
「哲ちゃん、私、おばさんになっちゃったでしょう?」
そう言うと彼女ははにかんで俯いた。
鮮やかな翡翠色のノースリーブシャツに、スリットの入った同色のタイトスカート。
小柄だが体の線だけはスレンダーだった昔と違って、魅力的なラインを作っていた。
「い、いや、全く昔と変わらないよ」
「本当、お世辞でも嬉しいわ」
世辞ではなく本心だった。
十五年の歳月が一瞬のうちに滅して、過去にタイムスリップしたような錯覚に私は陥っていた。
彩香と別れてから今日までの出来事、就職・結婚・娘の誕生等々、蓄積された記憶の襞は消え、私は若々しい大学生の頃に戻り始めていた。
「どこへ行きたい?」
「そうねぇ、昔よくデートした海に行きたいわ」
彩香も過去を彷徨っているのか、うっとりした瞳で私の腕を抱きかかえてきた。
ボリュームのある胸が押し付けられた。
彼女の胸の感触にとまどいながら、私は彩香の瞳を盗み見た。
彩香の瞳は一般的な日本人と比べると色素が薄く、透き通るような鳶色をしている。
かつてその鳶色の瞳は、見る者の邪心を浄化するほど純粋で澄み切っていた。
しかし今、腕に縋っている彩香の瞳には、男心をそそる成熟した女のフェロモンにも似た情炎が、確かに点っている。
(やはり昔の彩香とは違う…)
その怪しい情炎が、逆に辛うじて過去に引き戻されそうになる私の理性を保ち、現実世界に繋ぎ止めた。
(なぜ彼女は電話をしてきたのだろうか?)
私は再び自問しながら、車を停めてある駐車場へと向かった。
つづく…
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