『追憶の白昼夢』 第三章
『追憶の白昼夢』
FC2 Blog Ranking
(三)
(そろそろ時間だな)
一層高まっていく緊張に、私は再び煙草が吸いたくなった。
しかし煙草は空で、仕方なくポケットの小銭入れを探した。
ズボンのポケットに手を入れると、結婚指輪が冷たく触れた。
家を出る時、私はいつもは左手の薬指が定位置となっている指輪を指から外していたのである。
ふと家で待つ妻の顔が瞼に浮かんだ。
妻は私より二つ年下の三十五歳、小学校三年になる娘の世話と、日々の家事に追われる専業主婦である。
容姿は彩香の足元にも及ばないが、絵に描いたような良妻賢母で、ありきたりだが幸福な家庭生活を支えてくれている。
(どうして彩香と会う約束をしてしまったのだろう!)
私は改めて自分に問い質した。
妻子に休日出勤と偽って昔の恋人と会う疚しさが、私の心を曇らせているのは事実である。
愛妻と愛娘に嘘をついて、大切な家族との休日をないがしろにするのは本意ではない。
やはり彩香と再会すべきでないのだろうか。
そう考える一方で、家族への思いやりなど自己弁護に過ぎず、罪悪感に苛まれようが、彼女と再会する魅力に坑えない自分もいた。
それは青春時代へのノスタルジーなのか、それとも勝手に想像を膨らます劣情の仕業なのか、私にはわからなかった。
(しかし彩香はなぜ、突然会いたいと電話してきたのだろう?)
私は自分の心中もさることながら、それにもまして彩香の目的が気になった。
女が唐突に昔の恋人に再会したいと電話してくるには、それ相応の理由があるだろう。
一体何が彼女をそうさせたのか?
その時、
「ごめんなさい。哲ちゃん、待った?」
と不意に背後から声をかけられ、私は慌てて振り返った。
彩香が立っていた。
「あ、いや、別にその…」
予想外の方角からの彩香の登場に、私は無様にもしどろもどろになってしまった。
「ちょっと早めにきちゃったから、そこのブティックで時間を潰していたの。どうかしたの?そんな怖い顔をして」
彩香は微笑みを湛えながら、人懐っこい大きな瞳で私の顔を覗き込んだ。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
FC2 Blog Ranking
(三)
(そろそろ時間だな)
一層高まっていく緊張に、私は再び煙草が吸いたくなった。
しかし煙草は空で、仕方なくポケットの小銭入れを探した。
ズボンのポケットに手を入れると、結婚指輪が冷たく触れた。
家を出る時、私はいつもは左手の薬指が定位置となっている指輪を指から外していたのである。
ふと家で待つ妻の顔が瞼に浮かんだ。
妻は私より二つ年下の三十五歳、小学校三年になる娘の世話と、日々の家事に追われる専業主婦である。
容姿は彩香の足元にも及ばないが、絵に描いたような良妻賢母で、ありきたりだが幸福な家庭生活を支えてくれている。
(どうして彩香と会う約束をしてしまったのだろう!)
私は改めて自分に問い質した。
妻子に休日出勤と偽って昔の恋人と会う疚しさが、私の心を曇らせているのは事実である。
愛妻と愛娘に嘘をついて、大切な家族との休日をないがしろにするのは本意ではない。
やはり彩香と再会すべきでないのだろうか。
そう考える一方で、家族への思いやりなど自己弁護に過ぎず、罪悪感に苛まれようが、彼女と再会する魅力に坑えない自分もいた。
それは青春時代へのノスタルジーなのか、それとも勝手に想像を膨らます劣情の仕業なのか、私にはわからなかった。
(しかし彩香はなぜ、突然会いたいと電話してきたのだろう?)
私は自分の心中もさることながら、それにもまして彩香の目的が気になった。
女が唐突に昔の恋人に再会したいと電話してくるには、それ相応の理由があるだろう。
一体何が彼女をそうさせたのか?
その時、
「ごめんなさい。哲ちゃん、待った?」
と不意に背後から声をかけられ、私は慌てて振り返った。
彩香が立っていた。
「あ、いや、別にその…」
予想外の方角からの彩香の登場に、私は無様にもしどろもどろになってしまった。
「ちょっと早めにきちゃったから、そこのブティックで時間を潰していたの。どうかしたの?そんな怖い顔をして」
彩香は微笑みを湛えながら、人懐っこい大きな瞳で私の顔を覗き込んだ。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る