『不如帰』…第一章
『不 如 帰』 (永遠の嘘)
長年に亘り妻を苦しめてきた夫の裏切り行為に対し、
執念の復讐が実行に移される時がきた。
だが妻の復讐心を覆す衝撃の真実が今、明かされる。
第一章
病室は明るい茜色に染まっていた。
西に開いた窓からは、丹沢山系へ遠く沈もうとする夕陽が差し込んでいる。
黄昏時の懐かしい色に埋もれながら、平野佳珠子は、子供の頃に遊んだ寺の境内を思い出していた。
どこにあるかは知らないが、きっと西方浄土は、こんな色の世界だろうと佳珠子は勝手に夢想した。
病室の真ん中には、ぽつんと鉄パイプのベッドが置かれている。
枕元に吊り下げられた点滴からは、余命を刻む砂時計のように、ぽたりぽたりと水滴が落ち続けている。
ベッドには、夫の平野克哉が、鎮痛薬の作用でうつらうつら寝ていた。
末期の肺癌だった。
顔はどす黒く痩せ衰え、体も一回り小さくなっていた。
医師からは、あと半月もつかどうかと宣告されていた。
克哉は六十二歳。
一昨年、製造機械メーカーを定年退職したばかりだった。
第二の人生を迎えてすぐに、病魔は容赦なく克哉に牙を剥いた。
「これからご夫婦で人生を楽しむ矢先に」
見舞いに来た知人達は、帰り際、皆一様に佳珠子を気の毒がった。
佳珠子は六十歳。
日本人の寿命からすれば、後二十年は夫婦で老後を過ごせる年齢でしかない。
佳珠子は窓ガラスに顔を近づけ、心の中で毒々しく吐き捨てた。
(病死なんか生温いわ・・私の手で地獄へ突き落としてやるから・・)
夕日を浴びた佳珠子の顔は、まるで不動明王のような憤怒の表情をしていた。
結婚して三十三年、傍目には仲睦まじい老夫婦に見えるかもしれない。
だが佳珠子にとっての夫婦生活は、克哉への憎しみだけで支えられてきた。
結婚前、佳珠子は銀座のラウンジでホステスをしていた。
艶やかな夜の蝶。派手な世界が好きで、容姿に自信のある佳珠子には、まさに打ってつけの職場だった。
生来の美貌を脂粉で飾った佳珠子は、豊満な肉体で多くの男達を魅惑した。
また女の喜びを知り始めた女肉は、男なしでは夜も眠れぬほどに成熟していた。
佳珠子は奔放な性に溺れた。
毎夜、異なる男に乳房を吸わせ、異なる男を秘肉に迎え入れた。
だが肉体は満たされても、ふしだらな生活は佳珠子の心を消耗させていった。
そんな時に現れたのが克哉だった。
金もなく、地位もなく、大人しい人柄だけが取り柄のサラリーマンだった。
心疲れた佳珠子は克哉に惹かれた。
男狂いに厭きて、まっとうな結婚生活を送りたいと願った。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
応援よろしくお願いいたします
『紅殻格子メディア掲載作品&携帯小説配信サイト』紹介
にほんブログ村 恋愛小説(愛欲) FC2官能小説 人気ブログランキング~愛と性~