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「内助の功」 紅殻格子
七
美紀だった。
漆黒の髪を後ろに結った美紀は、近くで見ると頬にうっすらと紅を点して艶かしい。
「本間さん」 涼やかな目元は憂いに満ちていた。
「は、はい。何かご用ですか?」
「いえ、その、本間さんの奥様は、総務部にいらっしゃった星野早紀さんですよね」
確かに早紀の旧姓は星野である。
「ええ、そうですが・・」
雲の上の社長夫人からの質問に、平社員の裕一はやや訝しそうに答えた。
「あ、あの・・奥様、何か私のことを話していらっしゃいましたか?」
もじもじと決まり悪そうな仕草で、美紀はやっとそれだけを裕一に尋ねた。
裕一は、はっと三日前に聞いた早紀の話を思い出した。
『岩井社長の奥さんが、浮気している現場を見ちゃったのよ』
どうやら早紀の言っていたことは本当らしい。
美紀は不倫現場を見られたことを気に病み、
わざわざ一兵卒の裕一に妻の様子を確認に来たのだろう。
裕一の頭は猛回転を始めた。
不倫が表沙汰になることを美紀は恐れている。
この秘密を握っている限り、社長夫人は裕一の思うがままだ。
しかも社長は美紀の言いなりだと言われている。
ならば夫人を裏から操れば、会社での出世は約束されたようなものではないか。
(それどころか) 裕一は生唾を飲んだ。
和服の襟から、雪のように白い美紀のうなじが覗いている。
もし裕一が望めば、このたおやかな貴婦人の裸身をも、
好きなように嬲ることもできるのだ。
裕一の野心がかっと燃え上がった。
(一世一代の悪人を演じてやる)
どうせ辞めようと思っていた会社だ。
失敗したところで裕一に未練はない。
裕一はコホンと咳払いした。
「妻から聞きました。横浜のホテルでのことですよね」
「・・・・」
美紀は顔を硬直させて押し黙った。その仕草が不倫の事実を物語っている。
「もし奥様のことで、社長がスキャンダルに巻き込まれることにでもなれば、
それは一個人の問題では済まなくなります。
岩井建設に勤める二千人の従業員が、路頭に迷う可能性を孕む大問題です」
「そ、そんな・・」
「いえ、大げさではありません。社長が余計な一言をマスコミに喋っただけで、
会社が潰れてしまう時代です。
ですから私は会社のために、時期を見て社長にこのことを忠告するつもりです」
「や、やめて」
すがるような瞳で裕一を見上げた。
「しかし災いの芽は事前に摘みませんと」
美紀はおどおどと瞳を揺らしながら、小声で問いかけた。
「いくら払えば許してもらえるの?」
裕一はふんっと鼻で笑ってから凄んだ。
「奥さん、世の中全てが金で解決するわけじゃないんだよ。
不愉快だな。話はこれで終わりにしよう」
「ま、待って・・ごめんなさい・・私、どうすれば・・」
美紀は泣きそうな顔でスーツの裾をつかんだ。
「そうだな・・一度二人きりで話ができる場所を用意してもらおうか」
「・・わ、わかりました」
「あまりここで話をしていても怪しまれるから、決まったらメールで連絡をくれ」
「はい」
宴会場での華やかさは、すっかり美紀から消えていた。
奴隷となることを誓った女の恨めしさだけが、
美紀の体から青白い焔を燃え上がらせていた。
美紀は頭を下げて会場へ戻って行った。
裕一は、その和服に包まれた柳腰を見ながら、一人にんまりとほくそ笑んだ。
つづく・・・
theme : 官能小説
genre : アダルト