二十三夜待ち 第三章
二十三夜待ち 第三章
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そんな小鶴を見かねて、子守り奉公に雇ってくれたのは睦沢家に嫁いだ若奥様だった。
睦沢千代、三十三歳。
村長の跡取り息子の嫁、子守りする赤子の母親、そして小鶴がお世話になった尋常小学校の女先生でもあった。
千代は千葉県茂原町の出身で、女子師範学校を卒業した後、月海尋常小学校へ赴任してきた。
小鶴は就学前だったが、初めて千代を見た時の衝撃が今も忘れられない。
瓜実顔の整った容貌で、映画女優に負けない清楚な美貌が今も印象に残っている。
田舎では珍しい白いブラウスにスカート姿で溌剌颯爽と歩く姿に、集落の男達は農作業を忘れて誰もが振り返った。
だが所詮は教育も碌に受けていない男達である。
モダンな千代を眩しげに眺めるのが精一杯で、いざとなると話をするどころか、恐ろしくて視線すら合わせられない始末だった。
そんな高根の花だった千代を射止めたのが睦沢和馬だった。
和馬は睦沢家の総領で、将来は多くの小作を差配する村長を約束されていた。
今年三十五歳になる和馬だが、所謂お大尽の倅らしく、世間知らずでどこかぼんやりとした人物だった。
だが玉の輿である。
活発な千代だからこそ、和馬のように鷹揚な男が似合うのかもしれない。
二人は二歳になる一人娘に恵まれ、集落の誰もが羨む仲睦まじい夫婦に小鶴は見えた。
千代がどん底の生活を強いられていた小鶴を救ったのは、然もすれば窮屈で退屈な大家の嫁である身を紛らわすため、話し相手になる小鶴を傍に置こうとしたのかもしれない。
よく千代は小鶴の髪を撫でながら言う。
「小鶴は賢い娘だからきっと大切にしてくれる殿方が現れるわ」
南天に昇る澄んだ月がゆらゆらと歪んで見えた。
(嘘よ・・)
男と見紛う色黒の容貌と継ぎ接ぎだらけの着物ともんぺ。
誰が好んでこんなに貧しく醜い女を娶ろうとするだろう。
せいぜい振り向くのは、色欲に目が眩んだ父親のような碌でもない男しかいない。
続く…
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