二十三夜待ち 第八章
二十三夜待ち 第八章
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昭和二十年初頭の冬。
田の畔や路傍の名もない草が枯れ、房総の里山は一面乾いた朽葉色に染められていた。
ここ月海集落でも英霊達の遺骨が戻る日が増え、我が物顔に上空を通り過ぎる敵軍機を目の当たりにして、いよいよ本土決戦も間近いと人々は頻りに噂した。
そんな折、集落におかしな騒ぎが起きた。
たまたま掃除に来た婦人会が、月讀神社の天井に天女の絵を見つけたのだった。
「・・・・」
女達は息を呑んだ。
今年の正月に詣でた時には天井画などはなかった。
それが突然社殿の天井に天女が出現したのだ。
女達の中には戦争に勝つ予兆だと噂する者もいた。
だがそれよりも女達を驚かせたのは、天井に描かれた天女像が露な裸身を晒していたことだった。
しかもよくある平安朝的な天女ではなく、その描写は顔形や体形まで写実的で西洋絵画のように美しかった。
小鶴は人だかりを掻き分けて社殿に入って天井を見上げた。
「あっ!」
思わず小鶴は声を上げてしまった。
(・・これは若奥様だ)
その天女は 顔立ちだけではなく、描き込まれた乳房の形まで千代に酷似していた。
見物に集まった人々もそれに気づいてか、好奇の眼差しで、口に手を当ててひそひそと小声で話し合っている。
小鶴の頭は猛烈に回転した。
千代の顔立ちはともかく、その裸身を知る者と言えば、当然夫の睦沢和馬しかいないはずだ。
だが凡庸な和馬に絵心などあるとはとても思えなかった。
その時、小鶴の脳裏を再びあの夜の情景が過った。
(あっ、あの二十三夜の夜に・・若奥様は確か清一君って・・)
和馬の他に千代の裸身を知る人物、それはあの夜に目撃した情事の相手ぐらいしかいないはずだ。
小鶴は天井画の右下に書かれた銘を見た。
清一。
黒字で殴り書きされたその名に、小鶴は尋常小学校の上級生だった下布施清一を思い出した。
続く…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
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田の畔や路傍の名もない草が枯れ、房総の里山は一面乾いた朽葉色に染められていた。
ここ月海集落でも英霊達の遺骨が戻る日が増え、我が物顔に上空を通り過ぎる敵軍機を目の当たりにして、いよいよ本土決戦も間近いと人々は頻りに噂した。
そんな折、集落におかしな騒ぎが起きた。
たまたま掃除に来た婦人会が、月讀神社の天井に天女の絵を見つけたのだった。
「・・・・」
女達は息を呑んだ。
今年の正月に詣でた時には天井画などはなかった。
それが突然社殿の天井に天女が出現したのだ。
女達の中には戦争に勝つ予兆だと噂する者もいた。
だがそれよりも女達を驚かせたのは、天井に描かれた天女像が露な裸身を晒していたことだった。
しかもよくある平安朝的な天女ではなく、その描写は顔形や体形まで写実的で西洋絵画のように美しかった。
小鶴は人だかりを掻き分けて社殿に入って天井を見上げた。
「あっ!」
思わず小鶴は声を上げてしまった。
(・・これは若奥様だ)
その天女は 顔立ちだけではなく、描き込まれた乳房の形まで千代に酷似していた。
見物に集まった人々もそれに気づいてか、好奇の眼差しで、口に手を当ててひそひそと小声で話し合っている。
小鶴の頭は猛烈に回転した。
千代の顔立ちはともかく、その裸身を知る者と言えば、当然夫の睦沢和馬しかいないはずだ。
だが凡庸な和馬に絵心などあるとはとても思えなかった。
その時、小鶴の脳裏を再びあの夜の情景が過った。
(あっ、あの二十三夜の夜に・・若奥様は確か清一君って・・)
和馬の他に千代の裸身を知る人物、それはあの夜に目撃した情事の相手ぐらいしかいないはずだ。
小鶴は天井画の右下に書かれた銘を見た。
清一。
黒字で殴り書きされたその名に、小鶴は尋常小学校の上級生だった下布施清一を思い出した。
続く…
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