『合 わ せ 鏡』 第三章
『合 わ せ 鏡』
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(三)
早紀は業界中堅に位置する東海薬品でMRをしている。
MRとは、医薬情報担当者の略称で、病院や開業医の医師に、自社の薬剤情報を伝えるのが仕事である。
しかし、それはあくまでも表向きで、実際は、あらゆる手段を講じて医師と人間関係をつくり、薬剤を使わせる営業職だ。
世にごまんと薬はあるが、効果はどんぐりの背比べで、医師にとってはどれを処方しても大差はない。
そこで金や物をばらまき、接待づけで恩を売り、自社の薬を使わせるのがMRの実際の仕事となる。
そんな激務のため、かつてはMRと言えば男性の仕事だったが、今は人あたりの良さから女性も多くその職についている。
早紀は両脚を伸ばし湯船に寝そべった。
「あのハゲ課長ったら、思い出しただけで頭にきちゃう」
東海薬品は今春、高血圧治療薬アダミットを上市した。
だが売り上げは今ひとつかんばしくなかった。
そこで『営業はフットワーク』を座右の銘とする課長は、訪問軒数のノルマを倍にすると命じた。
課員たちは皆、表立って口には出さないが、課長の前時代的な営業戦術にげんなりしていた。
「だから私が言ってやったのよ。闇雲に訪問軒数を上げるより、セールス・トークをもう一度勉強し直した方がいいって」
「早紀は気が強いなぁ…俺だったらそんなこと思っていても言えないよ」
「でも正論だもの。そうしたら課長ったら、マンガじゃないけど、湯気が出るほど頭を真っ赤にして怒りだしちゃってさ。女のくせに生意気な、文句があるなら実績を上げてから言えって」
「…はあ」
「こっちも売り言葉に買い言葉よ。もし私が実績を上げたら、自ら人事部に課長降格を申し出るよう約束させてやったわ」
「もし実績が上がらなかったら?」
「私が会社を辞めるって啖呵切ってやったの」
酔いも手伝って、早紀は隣室に聞こえそうな声で大笑した。
智彦は口をあんぐりと開けたまま、表情が凍りついている。
早紀は湯船から出ると、課長と仲直りした方がいいと心配する智彦の前に、腰掛けを置いて座った。
「ねえ、私の体を洗って」
「あ、ああ…」
早紀が差し出した手を、智彦はどこか恐る恐る洗い始めた。
俯きがちで早紀の顔を見ようともしない。
(可愛い…もう少しからかっちゃおう)
早紀は智彦の手を取ると、豊かな乳房に押し当てた。
「ねえ、胸も洗って」
智彦は黙って頷いたが、まるで高価な壺を磨くように、力なく乳房の表面を擦るばかりだった。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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早紀は業界中堅に位置する東海薬品でMRをしている。
MRとは、医薬情報担当者の略称で、病院や開業医の医師に、自社の薬剤情報を伝えるのが仕事である。
しかし、それはあくまでも表向きで、実際は、あらゆる手段を講じて医師と人間関係をつくり、薬剤を使わせる営業職だ。
世にごまんと薬はあるが、効果はどんぐりの背比べで、医師にとってはどれを処方しても大差はない。
そこで金や物をばらまき、接待づけで恩を売り、自社の薬を使わせるのがMRの実際の仕事となる。
そんな激務のため、かつてはMRと言えば男性の仕事だったが、今は人あたりの良さから女性も多くその職についている。
早紀は両脚を伸ばし湯船に寝そべった。
「あのハゲ課長ったら、思い出しただけで頭にきちゃう」
東海薬品は今春、高血圧治療薬アダミットを上市した。
だが売り上げは今ひとつかんばしくなかった。
そこで『営業はフットワーク』を座右の銘とする課長は、訪問軒数のノルマを倍にすると命じた。
課員たちは皆、表立って口には出さないが、課長の前時代的な営業戦術にげんなりしていた。
「だから私が言ってやったのよ。闇雲に訪問軒数を上げるより、セールス・トークをもう一度勉強し直した方がいいって」
「早紀は気が強いなぁ…俺だったらそんなこと思っていても言えないよ」
「でも正論だもの。そうしたら課長ったら、マンガじゃないけど、湯気が出るほど頭を真っ赤にして怒りだしちゃってさ。女のくせに生意気な、文句があるなら実績を上げてから言えって」
「…はあ」
「こっちも売り言葉に買い言葉よ。もし私が実績を上げたら、自ら人事部に課長降格を申し出るよう約束させてやったわ」
「もし実績が上がらなかったら?」
「私が会社を辞めるって啖呵切ってやったの」
酔いも手伝って、早紀は隣室に聞こえそうな声で大笑した。
智彦は口をあんぐりと開けたまま、表情が凍りついている。
早紀は湯船から出ると、課長と仲直りした方がいいと心配する智彦の前に、腰掛けを置いて座った。
「ねえ、私の体を洗って」
「あ、ああ…」
早紀が差し出した手を、智彦はどこか恐る恐る洗い始めた。
俯きがちで早紀の顔を見ようともしない。
(可愛い…もう少しからかっちゃおう)
早紀は智彦の手を取ると、豊かな乳房に押し当てた。
「ねえ、胸も洗って」
智彦は黙って頷いたが、まるで高価な壺を磨くように、力なく乳房の表面を擦るばかりだった。
つづく…
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