『合 わ せ 鏡』 第二章
『合 わ せ 鏡』
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(二)
早紀は二十八歳。
薬科大学を卒業して製薬会社に勤務している。
智彦は早紀より一つ年下の二十七歳で、食品卸会社のセールスをしている。
結婚したのはちょうど一年前、紫陽花が雲天に映える梅雨の季節だった。
二人は共稼ぎの収入を充てに、ここ横浜郊外のマンションを買い、甘さの残る新婚生活を営んでいた。
出会いはありきたりな友人の紹介だった。
当時、二十代半ばの早紀には言い寄ってくる男が掃いて捨てるほどいた。
そんな中、智彦の印象は絵に描いたような平凡な男でしかなかった。
ただ逆にそれが早紀の心を惹いた。
勝気で男勝りな早紀はデートを重ねるうち、温和で優しい智彦に心の安らぎを覚えるようになっていった。
自然に恋愛中から早紀が主導権を握り、智彦はそれに従うという役割が定着した。
早紀は強引な男にも魅力を感じる。
だがそんな男があれこれ口うるさい亭主関白タイプならば、黙って言うことを聞いてくれる智彦の方が、永い人生の伴侶としては好ましいと思った。
腕まくりした智彦が戻ってきた。
「風呂の支度ができたよ」
「ありがとう」
早紀は窮屈なスーツを脱ぎ捨てた。
そしてソファに座ったまま、長い両脚を宙に浮かせてストッキングを下ろしていく。
智彦の視線を意識しながら、踊り子が観客を焦らすように、ゆっくりと白い素足を曝していく。
「智くん、一緒に入らない?」
早紀は酔いに任せて智彦を誘った。
恋人時代、ラブホテルで一緒に入浴したことはあったが、結婚してからは初めてだった。
「…まあ、酔って一人で風呂に入るのも危ないし…仕方ないな」
内心嬉しくてしょうがないくせに、真面目な顔で建前にこだわる智彦が可笑しかった。
早紀は智彦に先に入るように命じ、もう一杯水をグラスに注いで飲み干した。
早紀は全裸になると、智彦が待っている浴室の扉を開けた。
「お待たせ」
湯船に浸かっている智彦は、どこを見ればいいのかわからないのか、目線がそわそわして落ち着かない。
早紀は子供のように湯船に飛び込んだ。
ざあっと湯が溢れた。
「もったいないなあ」
「いいじゃない。一緒にお風呂に入るなんて久しぶりなんだから」
広くもない湯船だ。 智彦と肌が密着する。
「俺、先に洗うわ」
智彦は股間を早紀から隠すようにして湯船から出た。
「今日ね、課長と喧嘩しちゃった。それで会社の後輩たちと一緒に飲んでいたの」
「ふうん、憂さ晴らしか」
智彦は体を洗いながら、どこか上の空な様子で相槌を打った。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
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早紀は二十八歳。
薬科大学を卒業して製薬会社に勤務している。
智彦は早紀より一つ年下の二十七歳で、食品卸会社のセールスをしている。
結婚したのはちょうど一年前、紫陽花が雲天に映える梅雨の季節だった。
二人は共稼ぎの収入を充てに、ここ横浜郊外のマンションを買い、甘さの残る新婚生活を営んでいた。
出会いはありきたりな友人の紹介だった。
当時、二十代半ばの早紀には言い寄ってくる男が掃いて捨てるほどいた。
そんな中、智彦の印象は絵に描いたような平凡な男でしかなかった。
ただ逆にそれが早紀の心を惹いた。
勝気で男勝りな早紀はデートを重ねるうち、温和で優しい智彦に心の安らぎを覚えるようになっていった。
自然に恋愛中から早紀が主導権を握り、智彦はそれに従うという役割が定着した。
早紀は強引な男にも魅力を感じる。
だがそんな男があれこれ口うるさい亭主関白タイプならば、黙って言うことを聞いてくれる智彦の方が、永い人生の伴侶としては好ましいと思った。
腕まくりした智彦が戻ってきた。
「風呂の支度ができたよ」
「ありがとう」
早紀は窮屈なスーツを脱ぎ捨てた。
そしてソファに座ったまま、長い両脚を宙に浮かせてストッキングを下ろしていく。
智彦の視線を意識しながら、踊り子が観客を焦らすように、ゆっくりと白い素足を曝していく。
「智くん、一緒に入らない?」
早紀は酔いに任せて智彦を誘った。
恋人時代、ラブホテルで一緒に入浴したことはあったが、結婚してからは初めてだった。
「…まあ、酔って一人で風呂に入るのも危ないし…仕方ないな」
内心嬉しくてしょうがないくせに、真面目な顔で建前にこだわる智彦が可笑しかった。
早紀は智彦に先に入るように命じ、もう一杯水をグラスに注いで飲み干した。
早紀は全裸になると、智彦が待っている浴室の扉を開けた。
「お待たせ」
湯船に浸かっている智彦は、どこを見ればいいのかわからないのか、目線がそわそわして落ち着かない。
早紀は子供のように湯船に飛び込んだ。
ざあっと湯が溢れた。
「もったいないなあ」
「いいじゃない。一緒にお風呂に入るなんて久しぶりなんだから」
広くもない湯船だ。 智彦と肌が密着する。
「俺、先に洗うわ」
智彦は股間を早紀から隠すようにして湯船から出た。
「今日ね、課長と喧嘩しちゃった。それで会社の後輩たちと一緒に飲んでいたの」
「ふうん、憂さ晴らしか」
智彦は体を洗いながら、どこか上の空な様子で相槌を打った。
つづく…
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