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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十六)

『人外境の花嫁』 

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八.山奥の探索者 (十六)

菜穂は続けた。

「いずれにしろお前達は、殺されるか、天神会の人間になるかの二者択一しかないのさ。まあ、御沙汰は教祖様のお考え次第だけど、この本部道場について教えておいてやるわ」

苦痛に歪んだ月絵の顔を楽しみながら、菜穂は深山に鎮座する建物の説明を始めた。

この本部道場は、天神会の祭事を取り仕切る大本山であり、全国に五十人あまりいる幹部のための修養施設である。

ここには、菜穂や子猿のように本部で仕える二十人の幹部の他、作務衣姿の直属修行者が三十人ほど暮らしている。

直属修行者とは、天神会本部を支える作業部隊で、事務職から料理人、システムエンジニアに至るまで、準幹部としての地位が与えられている。

彼等はここで修業を終えると、幹部に昇格して各地の支部へと配属されていく。

菜穂は月絵に言った。

「あんた達も五年ぐらい彼等のように修行したら、天神会の幹部として箕面谷から出られるようになるかもね」

「い、厭です。こんな暴力教団の信者になどなりません・・あっ、厭っ!」

「せいぜい今のうちにほざいておきなさい。ふふ、この体が心と裏腹に、天神会から離れられなくなるんだからね」

両手で月絵の乳房をぎゅっと鷲づかみにすると、菜穂は勝ち誇ったように話を続けた。

建物の一階は、天神会の本部執務室や大厨房、そして直属修行者達の居室スペースになっている。

そして二階は、修行に訪れた幹部達の宿泊エリアで、大食堂や温泉つき大浴場、ホテル並の個室が用意されている。

また菜穂や子猿など、本部に仕える幹部も普段は二階で暮らしている。

最上階の三階は、幹部だけが入室を許されるフロアで、天神会総本山の大聖天堂に充てられている。

そこには本尊の聖天像が設えており、教祖である乱裁道宗の居住区もあると言う。

つづく…

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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十五)

『人外境の花嫁』 

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八.山奥の探索者 (十五)

本部道場の建物に入ると、そこは三階まで吹き抜けの広いエントランスだった。

正面を向いて、左右に石造りの幅広い階段が、壁に沿って二階と三階へ通じている。

聖堂を模したアーチ構造の窓から、南天の眩しい太陽が煌々と射し込んで来る。

だがどこにも人の姿はない。

白い壁に囲まれた空間の明るさと物音一つしない静寂が、却って月絵に白昼夢のような幻想感を覚えさせる。

月絵は小さく呟いた。

「誰もいない・・歓喜天浴油祈祷で幹部全員が集まっているはずなのに」

「若いわりに耳年増な女だね。幹部は夜の儀式に備えて、各々身を清めて個室での瞑想に入られているのさ」

「それなら・・麻美さんの後継儀式は今夜行われるんですね。乱裁道宗に会わせて。あ、痛いっ!」

菜穂は、後ろ手に戒められた月絵の腕を捩じり上げた。

「軽々しく教祖様の名前を口にするんじゃないよ。あんた達は余計なことを知り過ぎているようだね」

菜穂が目配せすると、子猿はジャケットから時計のような器具を取り出した。

「もう逃げられないぞ」

歯を剥き出して笑いながら、子猿はそれを月絵と畠山の左腕につけた。

「それは鍵がないと外せないGPSよ。あんた達がここから逃げ出しても、電波を頼りに山中で射殺できるんだからね」

世話を焼かせるんじゃないよと、菜穂は腹いせに畠山の尻を蹴飛ばした。

つづく…

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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十四)

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八.山奥の探索者 (十四)

尋常な集団ではない。

もし降矢木の名前を出せば、本気で殺しに行きかねないと月絵は恐れた。

(先生、ごめんなさい)

月絵は悪戯をして叱られた子供のような心境になった。

意地になって降矢木の制止を無視し、箕面谷へ来たのは月絵の自業自得である。

しかも畠山を巻き添えにし、降矢木にまで危険が及ぶとなれば、我が身を犠牲にしてでも防がなければならない。

月絵は菜穂に答えた。

「麻美さんを天神会が誘拐したと推理したのは私です。畠山さんは何も関係ありません。畠山さんだけでも、ここから帰してあげてくれませんか?」

畠山はぶるぶると顔を横に振った。

「月絵ちゃん、理由はどうあれ、君だけをここに残すわけには男としてできないよ」

「畠山さん・・」

「君の・・想いはわかっているつもりだ。そのためにも、僕はどんなことがあっても君を守らなければならない」

畠山は子猿に尻を蹴飛ばされながらも、真剣な表情で月絵に訴えた。

菜穂はふんと鼻で笑った。

「おやおや、心に沁み入る人情噺がこんなところで聞けるとはねえ。でも落語はここまでさ。あんた達二人はもちろん、他にも天神会を脅かすような人間がいるのなら、今すぐにでもこの世から抹殺してやるからさ」

「・・・・」

「ふふ、すぐに話したくなるさ。洗脳って言葉を知っているかしら。天神会では体覚醒と言うんだけど、この道場へ足を踏み入れて、
天神会に服従しなかった人間はいないのさ」

不気味に笑う菜穂に、月絵はぞっと背筋が冷たくなった。

つづく…

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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十三)

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八.山奥の探索者  (十三)

天神会本部道場の門を潜ると、神社の参道を想わせる長い石畳が続き、正面に八角形の形をした建物の玄関が見えた。

後ろ手に手錠を掛けられた月絵と畠山は、菜穂と子猿にせっつかれながら歩いた。

「麻美さんはどこにいるの?」

「ふふ、あんたには関係ないことさ。他人のことより自分の心配をした方がいいと思うけど」

「私達をどうするつもりなんですか?」

「わからないわね・・でも生きてここから出られる可能性は、限りなくゼロに近いかもしれないねえ」

凄んだ菜穂の台詞に、畠山の表情が青く強張った。

「殺すってこと・・ですか?」

「さあね。あんた達の心掛け次第だね。まずは横浜でさらわれた女性を捜して、天神会の本部道場まで来られた理由を聞かせてもらわないとね」

怖気ずいた畠山が、早速菜穂のご機嫌を取ろうとした。

「そ、それはですね」

「畠山さんっ!」

慌てて月絵は言葉を遮り、軽率男の顔を思い切り睨みつけた。

つづく…

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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十二)

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八.山奥の探索者  (十二)

月絵は菜穂とその主人を慌てて捜した。

「長旅御苦労様だったわね」

あろうことか、菜穂とその猿面の主人は若者達の輪の中心にいた。

「ど、どうして、菜穂さん」

怯えた表情で月絵が尋ねると、菜穂はさも愉快そうに大きな笑い声をあげた。

「全くお気楽で呑気なお嬢様だね。この子猿とあたしは天神会の幹部さ。あんた達が箕面谷へ行くと聞いて、温泉宿で待ち伏せしていたんだよ」

「ま、待ち伏せ・・嘘よ、あの翠風楼で初めて会ったはずでしょう?」

動揺する月絵を菜穂は嘲笑った。

「あんた達、人吉に着いた時、警察署で箕面谷への生き方を確認していたわよね?」

「・・まさか、警察署が?」

「天神会を訪れようとするよそ者は全員チェックされているのさ。鉄道の売店、高速道路のサービスエリア、レンタカーの店員からバスの運転手に至るまで、人吉での行動はすべて監視されているってことさ」

天神会の組織は、全国の各都市に情報網を構築していると言う。

特にお膝元の人吉市では、警察や消防などの行政機関にも信者を潜り込ませているらしい。

月絵はあっと声を漏らした。

警察にまで浸透する天神会の組織力に、月絵はただ唖然とするしかなかった。

菜穂が手を上げた。

「雑誌の取材ぐらいなら許してあげたけど、横浜でさらわれた女性を取り返しに来たとなると、このまま帰すわけにはいかないわね」

すると若者達の輪が狭まり、車酔いの畠山はいとも簡単に捕らえられてしまった。

「あ、厭っ!」

そして月絵には、子猿と呼ばれる猿面の男が背後から抱きついて来た。

物凄い力である。

空手初段の月絵でも身動きできない。

「クックッ、これは思った通りの上玉だ。たっぷりと俺のチンポで仕込んでやるからな」

男はニヤッと笑うと、じゅるっと唾を呑み込んで舌舐めずりした。

つづく…

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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十一)

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八.山奥の探索者  (十一)

得体の知れぬ不安が月絵を覆った。

「天神会は凶暴な一面を隠している可能性がある」

横浜で降矢木が語った言葉が、今この巨大な要塞を前にして、急に現実味を帯びて月絵に襲いかかってきた。

もしここで天神会が牙を剥けば、歩いて逃げることはもちろん、助けを求める人すら見当たらないのだ。

その時、不意に天神会の正門が開いた。

するとその頑丈な城門から、一人また一人と、作務衣を着た男達がぞろぞろこちらへ向かってくる。

山奥に似つかわしくない若い男達だった。

皆二十代ぐらいだろうか、茶髪やロン毛の若者達で、渋谷駅前の交差点と錯覚するような光景である。

「おや、盛大なお迎えだな」

呑気に手を振る畠山のシャツを月絵が引っ張った。

月絵は若者達の態度に尋常ならざるものを感じた。

目線が定まらす、口を半開きにしてへらへら笑っている。

じっと立っていることができず、落ち着きなく無意味に手足を動かしている。

「畠山さん、ちょっと変よ。ここから逃げましょう」

「何を言っているの、月絵ちゃん。やっとここまで来たのに・・えっ」

さすがに鈍感な畠山も、若者達が持つ木刀や鉄パイプに気づいて口を噤んだ。

だがすでに月絵と畠山は、二十人ほどの若者に取り囲まれていた。

つづく…

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『人外境の花嫁』八.山奥の探索者(十)

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八.山奥の探索者  (十)

月絵は驚いた。

そこは、険しい山々に囲まれた、およそ野球場ほどの広さがある盆地だった。

正面に頑丈そうな鋼の黒門が威圧し、高さ二メートルはある石塀が延々と取り囲んでいる。

その中央には、日本武道館を小ぶりにしたような、八角形の外観を持つ三階建ての施設が鎮座していた。

天神会本部道場。

山中の隠れ里に関する伝承は数あるが、人煙から隔絶した深山の近代建築に、月絵はいささか狂気にも似た違和感を覚えた。

「すげえな・・」

車が降りた畠山が建物を見て絶句した。

驚くのは天神会の資金財力だけではない。

何故天神会は辺鄙な箕面谷を本部道場として選んだのか。

エルサレムがそうであるように、乱裁道宗こと足立寛三が、ここでサンカに加わった聖地という意味もあろう。

そして道場と名乗るからには、俗世から離れている方が相応しいからかもしれない。

確かに高野山金剛峰寺にしても比叡山延暦寺にしても、当時は人界から遠い山岳に築かれた。

宗教的な修行の場は、俗世から隔離されていなければならなかったのだろう。

だが月絵は素直に頷けなかった。

(でもここは・・違った意味で人を拒んでいるみたい)

天神会は貧民救済の宗教だと聞く。ならば市井にこそ修行の場があるはずで、人も通わぬ深山幽谷に道場を造る方がおかしい。

しかも何かから身を守るかのように、銃撃戦にも堪え得る重厚なコンクリートと、蟻も入れぬ高い城壁が備わっているのだ。

つづく…

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プロフィール

紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

繊細な人間描写で綴る芳醇な官能世界をご堪能ください。

ご挨拶
「妄想の座敷牢に」お越しくださいまして ありがとうございます。 ブログ内は性的描写が多く 含まれております。 不快と思われる方、 18歳未満の方の閲覧は お断りさせていただきます。               
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臆病で甘えん坊だった仔馬は、サラブレッドの頂点を目指す名馬へと成長する。
『プリン』
だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
『プリン』を読む

作 品 紹 介
※ 小説を読まれる方へ・・・   更新記事は新着順に表示されますので、小説を最初からお読みになりたい方は、各カテゴリーから選択していただければ、第一章からお読みいただけます。
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