二十三夜待ち 第十章
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ところがその春のこと、唐突に清一は英霊として月海集落へ戻ってきた。
南方へ向かう輸送船に乗っていた清一は、潜水艦の魚雷攻撃を受けて戦死したと聞かされた。
むろん下布施家が受け取ったのは空の遺骨箱だった。
その夕刻、月出山は気味が悪いほど赤々とした夕暮れに縁取られ、山の烏が五月蝿いほど狂ったように鳴いた。
翌日、月讀神社は再び騒然とした雰囲気に包まれた。
社殿の中で首を吊った女の遺骸が見つかったのだ。
千代だった。
家人や親族は世間体を気にして、公に葬儀もせず密かに千代の存在すら葬り去った。
遺書などは何もなかったが、清一の戦死と社殿の天女像から、集落の人々は千代の気持ちを察して口を噤んだ。
また娘を残された夫の和馬は、事情を呑みこめないまま、否、事情をこれ以上明らかにしたくないのか、しばらく東京に住む親族の家に身を寄せるため月海集落を離れた。
いくら戦時中とは言え、周囲から見れば遣る瀬ない男と女の末路だったに違いない。
だが小鶴は千代に嫉妬を覚えた。
きっと千代は幸せだったのだ。
己の命を賭してまで、恋愛を成就させる情熱が千代と清一にはあったではないか。
二十三夜の夜に見た激しく貪り合う情交は、一生を一瞬に昇華してしまうほどの灼熱の炎に包まれていた。
小鶴は己の境遇を改めて振り返った。
(私も出逢えるのだろうか? そして出逢えた時、命すら捨ててその人の懐に飛び込んでいけるのだろうか?)
親が選んだ相手、しかもその顔や性格すら見合い当日までわからない。
そんな男と形だけ結婚して、死ぬまで添い遂げる人生が果たして幸せなのだろうか。
続く…






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