二十三夜待ち 第十六章
二十三夜待ち 第十六章
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二人はみすぼらしい六畳一間の部屋で、卓袱台を挟んでしばらく俯き合っていた。
小綺麗に掃除は行き届いていたが、家財道具は布団一組しかない殺風景な部屋だった。
「な、何か食べる物をつくるわ」
立ち上がって部屋の外にある共同炊事場へ行こうとすると、小鶴は乱暴に背後から抱きすくめられた。
「ず、ずっと好きでした」
「・・・・」
力任せに抱かれながら、小鶴はありきたりな言い訳を何度も頭の中で繰り返した。
私には夫がいるから。
ずっと年上のオバサンだから。
私、男の人に想われるような美しい女じゃないから。
(違う・・そんなの嘘だわ!)
ぶるっと小鶴は身震いした。
体の何処からか突き上げてくる抑え切れない情動に、あざとい詭弁と紙一重の冷徹な理性の鎧が剥げ落ちていく。
容姿と貧しさに対する劣等感。
子供の頃から弱い自分を守るために、ありとあらぬる言い訳を考えてきた。
それが大人達には利発と映ったのだろうが、そうでもしなければ、小鶴自身が己の無価値さに押し潰されてしまいそうだった。
確かに道具として小鶴は優秀なのだろう。
子守りにしても、農家の嫁としても、社会が求める労働力としては重宝されてきた。
だが小鶴は愛されたことがない。
酒浸りの父と愛しみを失った母は、小鶴を避妊しそこねた結果の厄介者として売り払った。
その小鶴を買い取った夫と舅姑は、牛馬よりも安価な道具として手荒く扱き使った。
涙が頬を伝った。
小鶴の負い目や劣等感を知りながら、もっと華やかな結婚ができるかもしれないのに、寛三はみすぼらしい行商に身をやつした女を愛すると告げたのだ。
「・・若奥様」
小鶴は口の中で小さく呟いた。
続く…
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
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二人はみすぼらしい六畳一間の部屋で、卓袱台を挟んでしばらく俯き合っていた。
小綺麗に掃除は行き届いていたが、家財道具は布団一組しかない殺風景な部屋だった。
「な、何か食べる物をつくるわ」
立ち上がって部屋の外にある共同炊事場へ行こうとすると、小鶴は乱暴に背後から抱きすくめられた。
「ず、ずっと好きでした」
「・・・・」
力任せに抱かれながら、小鶴はありきたりな言い訳を何度も頭の中で繰り返した。
私には夫がいるから。
ずっと年上のオバサンだから。
私、男の人に想われるような美しい女じゃないから。
(違う・・そんなの嘘だわ!)
ぶるっと小鶴は身震いした。
体の何処からか突き上げてくる抑え切れない情動に、あざとい詭弁と紙一重の冷徹な理性の鎧が剥げ落ちていく。
容姿と貧しさに対する劣等感。
子供の頃から弱い自分を守るために、ありとあらぬる言い訳を考えてきた。
それが大人達には利発と映ったのだろうが、そうでもしなければ、小鶴自身が己の無価値さに押し潰されてしまいそうだった。
確かに道具として小鶴は優秀なのだろう。
子守りにしても、農家の嫁としても、社会が求める労働力としては重宝されてきた。
だが小鶴は愛されたことがない。
酒浸りの父と愛しみを失った母は、小鶴を避妊しそこねた結果の厄介者として売り払った。
その小鶴を買い取った夫と舅姑は、牛馬よりも安価な道具として手荒く扱き使った。
涙が頬を伝った。
小鶴の負い目や劣等感を知りながら、もっと華やかな結婚ができるかもしれないのに、寛三はみすぼらしい行商に身をやつした女を愛すると告げたのだ。
「・・若奥様」
小鶴は口の中で小さく呟いた。
続く…
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