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『人外境の花嫁』三.青楼街の偏執狂(十五)

『人外境の花嫁』 

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三.青楼街の偏執狂 (十五)

ぎゃっと言う悲鳴とともに、畠山は片足を抱えて飛び上がった。

「な、何故僕が・・」

月絵は空手初段である。

小さい頃から空手教室に通わされ、今もダイエットを兼ねて週一回は汗を流している。

「何てデリカシーがない男なのかしら。もういらいらしちゃう」

「あ、あの、月絵様、八つ当たりは・・」

「それと言っておきますけど、私は乱交なんて絶対厭ですからね。愛する男性は死ぬまで一人しかいません」

とばっちりを受けた畠山は、月絵の苛立ちを鎮めようと、ただひたすらにペコペコと頭を下げた。

降矢木は冷たい視線を二人に向けた。

「君達、五月蝿いよ。いちゃいちゃするなら外でやってくれんかね」

「きぃーっ!」

ぷつんと切れた月絵が襲いかかろうとするのを、畠山は必死で後ろから羽交い絞めに押さえつけた。

外野を無視して降矢木は秋月に語った。

「男性器の亀頭は、膣内に残された精液を掻き出すためのものと考えられています」

米国のゴードン・ギャラップ博士の実験によると、括れのない人工ペニスが、精液に見立てたコーンスターチを膣から35%排出したのに対して、括れのある人工ペニスでは90%の精液を膣外へ掻き出したと言う。

「おわかりですか。亀頭が持つ意味は、自分の子孫を残すために、直前に射精した男の精液を妊娠しないよう膣外へ出す働きがあるのです。つまり男性器の亀頭が、生物学的にも乱交があったことを証明しているわけです」

降矢木がそう語ると、秋月と畠山があっと小さな嘆声を漏らした。

つづく…

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『人外境の花嫁』三.青楼街の偏執狂(十四)

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三.青楼街の偏執狂 (十四)

月絵は思う。

(先生の頭はどうなっているのかしら?)

手品師が万国旗をするすると口から出すように、降矢木の博学は止まるところを知らずに溢れ出す。

降矢木は続ける。

「つい近年まであった嬥歌会の名残が盆踊りだよ」

かつて盆踊りは、農村社会において乱交の場であったと言われている。

それは閉鎖的な社会のガス抜きであり、共同体の結束を強める性の饗宴だった。

野外乱交である。

未婚の男女達はもちろん、この時ばかりは夫も妻も、隣家の夫婦と夜を徹して性に溺れたのだろう。

明治大正時代になると、風紀を乱すと言うことで、盆踊り禁止令が出たのだから間違いない。

ここで降矢木は真顔で畠山に問いかけた。

「更に傍証を生物学的に加えるなら、人間のオスについている生殖器は、何故先端が膨らんだ形になっていると思う?」

「はあっ?」

畠山は細い目を倍ほどに見開いた。

「月絵君はわかるかね?」

「し、知りません。そんなもの見たことがあるわけないじゃないですか!」

不躾な降矢木の質問に、月絵は耳まで真っ赤にして怒った。だが降矢木は月絵が逆上する理由がわからないようだった。

「ん、そうか・・だが物の形にはそれなりの意味があるのだ。今度彼氏に逢ったら、じっくりと観察してみた方がいい」

「んもうっ、彼氏なんかいません。先生なんか大っ嫌いっ!」

月絵はぷんと頬を膨らませると、腹いせに隣にいた畠山のふくらはぎを蹴飛ばした。

つづく…

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『人外境の花嫁』三.青楼街の偏執狂(十三)

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三.青楼街の偏執狂 (十三)

畠山は腕組みした。

「う~ん、理屈はわかりますが・・」

「現代人の畠山君がそう思うぐらいだから、当時のキリスト教社会で起きた反発は想像に難くない。そこで文化人類学者は、未開地の風習を原始社会に見立てて調査した」

分厚い黒の眼鏡を押し上げて、降矢木は書物のページを捲った。

現実に一夫多妻や一妻多夫の婚姻形態は今も認められる。

前者は現在もイスラム社会やアフリカの民族に残っており、日本の側室や妾も制度的には同一である。

また後者はインドやチベットなど、アジア地域にその名残が見受けられる。

エスキモーには妻の貸し出しや交換する風習がある。

オーストラリアの原住民にはピラウル婚と呼ばれる風習があり、女性は夫以外にも男性と性交渉することが許される。

また南インドには、兄弟で一人の妻を共有する習俗もある。

戦後の日本でも、戦死した兄の妻を弟が娶る事実も数多くあった。

「これらは原始乱交時代の痕跡だが、直接的な事例となれば、未開地でなくとも枚挙に暇がないのだ」

そもそも世界各国で祭に乱交はつきものだった。謝肉祭の起源やバッカス祭はもちろんのこと、日本でも万葉の頃に嬥歌会(かがい)や歌垣と言った性の無礼講があった。

他妻に 吾も交らむ

わか妻に 他も言問へ

万葉集に出てくる筑波山の嬥歌会は、当時から祭での乱交が茶飯事であったことを物語っている。

つづく…

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『人外境の花嫁』三.青楼街の偏執狂(十二)

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三.青楼街の偏執狂 (十二)

だが降矢木は、ふんと鼻を鳴らすと、埃を被った一冊の書物を取り上げた。

「それは旧約聖書的な迷信だよ。ダーウィンの進化論を信じていながら、アダムとイヴが原初の夫婦であったとは大笑いだな」

「・・はあ?」

「進化論を信じるなら、原始人間はサルだったとことになる。果たしてサルは、厳密に一夫一婦制を営んでいるかな?」

畠山と月絵は、いつものことではあるが、顔を見合わせて降矢木の前に沈黙した。

「そもそもだね、原始人間は乱交状態にあったか否かは、十九世紀後半における文化人類学の大きなテーマだったのだよ」

降矢木はそう言うと、『母権論』と題字された本を捲った。

バッハオーフェンは『母権論』の中で、娼婦制と規定した原始乱交の時代から、集団婚など緩やかな結婚が生まれた母権制の時代、そして夫婦の排他的で独占的な性関係が確立した父権制の時代へと発展してきたと説く。

「このバッハオーフェンの着眼が、後にマルクスやエンゲルスが共産主義理論へと発展させたのだよ」

畠山と月絵は目を丸くした。

「えっ、乱交から共産主義が生まれたんですか・・」

「そうだよ。何故なら乱交とは、男も女も誰の所有物でもない状態じゃないか」

降矢木は顔色一つ変えず、さも当たり前のように言い放った。

つづく…

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『人外境の花嫁』三.青楼街の偏執狂(十一)

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三.青楼街の偏執狂 (十一)

降矢木は続けた。

「実はハプニングバーの系統は、昨今始まったものではなく、五十年前の同伴喫茶から続いているのです」

「同伴喫茶?」

秋月は懐手に唸ったが、その名を初めて聞く月絵は、喫茶店はむしろ一人で行く方が珍しいのにと首を捻った。

同伴喫茶とは、元々ジャズ喫茶や名曲喫茶の同伴席が進化したものである。

暗い店内で背の高いソファが飛行機の座席のように同方向に並ぶだけで、そこにはプライバシーを守る壁もなく、カップルは周囲にいる男女の性愛が垣間見られる仕組みになっていた。

秋月が降矢木を遮った。

「確かに同伴喫茶とハプバーは、どちらもカップル同志で行くところだが・・」

「同伴喫茶、カップル喫茶、そしてハプバーへと続く流れは、複数の男女が性空間の共有を求めるものなのです」

あっと秋月が声を上げた。

「そういうことか・・確かに同伴喫茶へ行くと、他の淫らなカップルが刺激になったものだよ。その窃視癖と露出癖がエスカレートして、今のカップル喫茶やハプバーになったと言うことか」

「秋月さん、人間は乱交に言い知れぬ欲望を持っているのです。それは太古の昔から、人間のDNAに刻み込まれた欲望なのです」

やっと乱交の意味がわかった月絵は、顔を赤らめながら憤然と降矢木を睨んだ。

「先生、それは間違っています。乱交なんて一部のふしだらな人間がする変態行為です」

「せ、先生、私も同感です。乱交が人間の持つ性欲の根源だなんて・・アダムとイヴの昔から、男と女は一対一で愛し合う生き物じゃありませんか」

納得がいかないのか、畠山は月絵の援護射撃をした。

つづく…

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紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

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ご挨拶
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臆病で甘えん坊だった仔馬は、サラブレッドの頂点を目指す名馬へと成長する。
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だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
『プリン』を読む

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