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「男の居場所」 第十二章・・・(紅殻格子)

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            「男の居場所」

十二・

美奈は全裸のまま、ベッドの上で仰向けに寝転んだ。

「水上次長の家庭を壊すつもりはないわ。ただ時々こうして甘えさせて欲しいだけ」

まだ若さを残す乳房が、横になっても形を崩さず、ゼリーのように震えている。
水上は発情した犬のごとく、美奈の白い肢体に覆い被さった。

弛みのない張り詰めた肌は、常に滑らかな触感と溢れる若さを伝えてくる。
水上はそっと首筋に顔を近づけた。

ミルクのような甘い微香が肺から血液に取り込まれ、全身をかっかと熱く駆け巡る。
水上は夢中で美奈の乳房を口に含んだ。

「あん、次長、優しくして」

美奈はピクッと体を震わせ、水上の上でウエストをよじった。
小振りだが感度のいい乳房だ。
舌先で小さな突起と粟だった乳暈を弄ぶと、美奈の呼吸が荒くなっていく。

「ああ、気持ちいい・・・」

水上はその喘ぎを聞いて、少し気持ちに余裕ができた。
若い男ほど精力はないが、中年男にはそれなりの女の喜ばせ方がある。

身悶える美奈のウエストから尻を軽く撫でながら、ゆっくりと舌先を下半身へ這わせていく。
そして淡い恥毛の柔らかさを確かめつつ、長い両脚を大きく開いた。

「次長、恥ずかしい」

閉じようとする両脚の間に体を挟んで、水上は美奈の秘所をじっくりと観察した。
そこには初々しい花弁がひっそりと息づいていた。

あまり使い込まれていないのか、黒ずむこともなく肌の色に近い。
その花弁の合わせ目にはうっすらと愛液が滲み、まるで朝露を湛えこんだ蕾のような風情だ。

「すごく綺麗だよ」

「ああん、そんなに見つめられたら、おかしくなっちゃうよ」

美奈はもじもじと腰を捩った。
その動きで閉じていた花弁がほころび、つうっと透明な淫露が溢れて尻へと伝った。

砂漠の民が水一滴を大切にするように、水上は慌てて貴重な若返りの秘薬を舌先で受け止めた。
そして蜜を吸う蝶のように、淡い桃紅色の花芯に口唇を押し当てた。

「あ、ああ・・・」

溢れる淫露に溺れそうになりながら、水上は美奈に喜んでもらいたい一心で、懸命に花芯を舌先で舐め上げた。
小さな波が何度か美奈を襲っているようだった。

「次長、もうダメ・・・早く入れて欲しいの」

水上は息も絶え絶えな美奈の表情に満足して、自分のいきり立った肉茎を花芯へとあてがった。
そしてゆっくりとその先端を淫露で潤わせてから、じらすように挿入した。

「あう、きたぁ・・・」

美奈は水上の下で、ぐっと背中を仰け反らせた。
まだ硬さの残る蜜壷が、ぎゅっと肉茎を締めつける。
長い両脚が水上の胴を挟み、もっと激しく腰を動かせと強要する。

「いい。次長、すごく気持ちいいの・・・」

水上は日頃の運動不足を悔やみつつ、腕の中でピチピチと跳ねる若魚を犯し続けた。
若い美奈の悦楽にのたうつ姿態は、聖女のように尊かった。

自分の肉茎に美奈が身悶えてくれるのが嬉しかった。
美奈に求められていること自体が有難かった。
水上は美奈にもっと悦びの声をあげて欲しい一心で、汗をかいて懸命に肉茎を酷使した。

「ダメ・・・もうダメ・・・いく・・・ああ、いっちゃうぅ・・・」

美奈は眉間に皺を寄せ、激しく頭を左右に振った。
美奈がアクメに達する神々しさに見惚れながら、水上はその白い下腹部に白濁液を吐き出した。

つづく・・・

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「男の居場所」 第十一章・・・(紅殻格子)

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            「男の居場所」

十一・

洒落たアンティークな内装の部屋だった。
中央には豪華なダブルベットが置かれ、その横にパステルカラーのソファが並べられている。

一見普通のホテルにも見えるが、この部屋には窓がなく、世間から切り離された密室となっていた。
水上はソファでタバコを吹かしながら、シャワーの音が漏れる浴室の方を見ていた。

(まさかラブホテルとは・・・)

全く予想外の事態に、水上は慌てふためいた。
ただホテルの前で男が尻込みするわけにもいかず、美奈のなすがままにこの部屋までついて来たのだった。

美奈の真意はわからなかった。
勿論フク料理のお礼などではあるまい。
淫乱癖とも思えない。

ならば何故、恋愛の対象にもならない水上を誘ったのだろうか。
水上の頭は空回りするばかりだった。
シャワーの音が止み、ピンクのバスローブをまとった美奈が現れた。

「次長、寒いからバスタブにお湯を入れておいたわ。早く入らないと冷めちゃいますよ」

美奈は水上の戸惑いなど気にせず、ベッドに腰をかけて長い脚を組んだ。
丈の短い裾から桃色に上気した太股が覗く。

「あ、ああ」

その目が潰れんばかりの眩しい若さに、水上は慌てて浴室へ逃げ込んだ。
バスタブに浸かっても、水上の心は千々に乱れていた。

立ち込める湯気に微かな美奈の肌の匂いを、タイル表面に残った水滴に美奈の肌の弾力を、想った。
ぶるっと首を振った。

(やはりこれは悪夢かもしれない)

水上は崩れかけた理性を必死に取り戻そうとした。
据え膳食わぬは男の恥だが、石橋を叩いても渡らない勇気も必要だ。

(美奈の真意を聞いてからでも遅くはない)

水上は妄想を断ち切り、バスタブから出ようと立ち上がった。
その時、不意に浴室のドアが開いた。

美奈が全裸で立っていた。
水上の不埒な想像を裏切らない、若くしなやかな肢体だった。

小振りだが美しい半球を保つ乳房と、その頂点を飾る薄桃色の可憐な乳首。
全身に洗練された美しさを添えるウエストのくびれ。
脂肪の薄い下腹部を僅かに覆う柔らかそうな翳り。

それら一つ一つでも見事なパーツが、長くスリムな両脚の上で、完成された調和美を生み出している。
水上は慌てて目を逸らし、バスタブの中にしゃがみ込んだ。

「次長、背中を流してあげる」

美奈は水上の狼狽を知ってか知らずか、何事もないようにボディソープを手にした。

「さ、澤田君。こ、これは・・・」

水上の声が惨めにも裏返った。

「いいから早く出て」

美奈はバスタブに隠れる水上の手を取り、強引に引っ張り出そうとする。
目の前で美奈の淡い翳りが揺れる。

「し、しかし・・・」

「女に恥をかかせないで」

その一言が、水上のとまどいを覆い隠した。
操り人形のように立ち上がると、美奈が用意した椅子に崩れるように座り込んだ。
美奈は水上の背中を丹念に洗い始めた。

「次長はきっと私のことをふしだらな女だと軽蔑しているでしょう?」

美奈は水上の背中を擦りながら、普段の活発さがない暗い声で話した。

「両親は私が生まれるとすぐに離婚したの。だから私、父の顔も知らないし、父の愛情を受けたことがないの」

「・・・・・・・・・」

「だから甘えられる年上の男性に憧れてしまうの・・・変かな?」

美奈は背中から覆い被さり、肩越しから水上の頬にキスをした。

「い、いや・・・変ではないが・・・」

背中に密着した美奈の弾力ある乳房が、ソープのぬめりでゴムマリのように動く。

「抱いてくれないの?」

「・・・そ、それは・・・でも君の将来を考えると、そういう行為をしなくても、食事をしたりするだけでも・・・」

美奈は背後から手を伸ばし、既に硬直している水上の肉茎を握った。

「ほら、もう大きくなっている。次長がいくら格好つけても、ここは正直に私を抱きたいと言っているもん」

「・・・・・・・」

美奈は赤面する水上をバスタブの縁に座らせると、短い両脚の間に正座して肉茎を指で上下にしごき始めた。

「血のつながりがあっても、父は平気で私を捨てたわ。恐いの・・・こうして裸で愛し合っていないと、次長がどこかへ行ってしまうような気がして・・・」

美奈の桜貝のような口唇が、水上の肉茎を包み込んだ。
ゆっくりとその先端から根元までくわえこんでいく。
ねっとりと絡みつく舌が、理性を眠らせ劣情を煽り立てる。

「ねえ、ベッドに行こう」

丸く突き出した腹の下から、美奈が潤んだ瞳で誘った。
水上は夢遊病者のように、形のいい白い尻の後について浴室を出た。

つづく・・・

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「男の居場所」第十章・・・(紅殻格子)

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            「男の居場所」

十・

一週間後の金曜日の夜、水上は『河福』の座敷に美奈と差し向かいでいた。
最近はエスニック料理も増えてきた福岡だが、やはり冬の味覚と言えばトラフグの玄妙な味わいだ。

鮮やかな大輪の刺身、唐揚から鍋、そして雑炊へと、フグは変幻自在に振る舞い、食べる者を魅惑して止まない。

水上の向かいで美奈は上機嫌だ。 今夜の出で立ちは少し大人っぽい。
コートを脱いだ美奈は、ダークレッドのキャミソールに、黒いカーディガンを羽織っていた。

そしてコーディネートされた黒のストレッチパンツが、非の打ちどころがないボディラインをくっきりと浮かび上がらせている。

「美味しい!でもこんなに食べたら太っちゃう。ほら、水上次長も飲んでばかりいないで、食べて食べて」

「ああ、食べているよ」

しかし今夜の水上は、極上のフグもヒラメも味の区別がつかなかった。
あの朝の約束は美奈の冗談だと思い、水上は連絡のメールなど出さなかった。

すると逆に美奈から、「訴えてやる」とだけ書かれたメールが届いた。
慌てた水上は店を予約するから人数を教えてくれ、とメールを送った。

付き添いの友人が一緒だと思ったからだ。
しかし意外にも「私だけではご不満?」という返信が来たのだった。
美奈と二人きりの座敷に水上は戸惑った。

(たかが女子社員1人に・・・)

そう考えれば考えるほど、水上の気持ちはかえって昂ぶっていく。

(彼女を女として意識しているのか)

五十にならんとする男が、娘と年の近い女に恋心を抱くのは、恥ずべき犯罪行為だ。
しかも情けないことに、水上の一方的な片思いだ。

しかし一度火がついた感情は、消そうとすればするほど燃え広がっていく。
無邪気にフグ料理をつつく美奈は、そんな水上の罪悪感もお構いなしに、にこにこと笑いながら話し掛けてくる。

しかし心の安全弁を失った水上は、ただ酒を呷って自分をごまかすことしかできなかった。
食事が終って店の外に出ると、雪がちらちらと風に舞っていた。

「次長、寒いと思ったら雪ですよ」

美奈は首をすくめ、両の掌に白い息を吹きかけている。

「ああ、風邪をひかないうちに帰ろう」

水上は混雑する雑踏を縫うように、地下鉄の駅へ歩き出した。
突然、水上は腕を背後から抱きかかえられた。
振り返ると、あの活発な美奈が寂しそうな瞳で水上を見つめている。

「もう帰っちゃうの?」

びっくりするくらい、甘くて舌たらずな言い方だった。

「・・・あ、ああ・・・これ以上若い娘を連れ回すわけにもいかないだろう」

「でも、今夜ご馳走してもらったお礼をしてないし・・・」

美奈は抱えた腕を胸にぐっと押しつけた。
水上は飛び上がらんばかりに驚いた。
グラマーではないが、柔らかな乳房の感触には、有無を言わせぬ魔力が潜んでいる。

「ねえ、行こう」

水上を見つめる美奈の瞳が、街のネオンに反射してぼうっと赤く染まっていた。

つづく・・・

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「男の居場所」 第九章・・・(紅殻格子)

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           「男の居場所」

九・

社内でも美奈は人気がある。
特にオジサンたちにはアイドル的な存在だ。

それは容姿が申し分ないことに加えて、最近の若い子には珍しく、気さくに話し相手になってくれるからだった。
家で自分の娘が何も話してくれない不満を、会社で美奈に癒してもらっているようなものだ。

自然、会社でも美奈が行くところ、むさくるしいオジサンたちの輪ができる。
まるでその光景は、心貧しき者たちが降臨した女神に、救いを求めて祈っているようにも見えた。

それまで澱のように沈んでいた心の影が、鮮やかに晴れ渡っていくのを水上は感じた。

「ああ、そうさ。会社にグラマーな女の子がいないから、中洲で目の保養をしなければならないんだよ」

美奈ははっとして自分の胸を見下ろした。

「ひどい!どうせ私はグラマーじゃありませんよ」

ぷっと頬を膨らませた美奈が、持っていたバックで水上の背中を叩いた。

「おいおい、こんな道の真ん中で……」

水上は口元を緩ませながら、美奈のバックから逃げ回った。

「水上次長、今の発言はセクハラです。人事部に訴えてやるから」

「いや、澤田君、俺が悪かった。反省しているから見逃してくれ」

「ダメ、一度傷ついた乙女心は、そう簡単には治せないんですからね」

美奈は水上を置いて足早で歩いていく。

「わかった、夕食でもご馳走するから」

美奈の足取りが少しゆっくりになった。

「……何をご馳走してくれますか?」

「ラーメンかモツ鍋でいいか?」

再び美奈は歩くスピードを上げた。

「やっぱり訴えてやる」

「う、嘘だよ。何でも好きなものを食べさせてやる」

美奈はぴたっと足を止めると、にんまりと笑って振り返った。

「じゃあ、『河福』で許してあげます」

「……参った」

『河福』は福岡でも指折りの高級フグ料理店だ。
フルコースならば、軽く一人二万円はかかる。

「このくらいで済めば安いものですよ。後でデートする日をメール下さいね。それでは今日も元気に仕事しましょ!」

気がつくと、もう会社は目の前だった。
美奈は水上にウインクすると、早足でオフィスのあるビルに入って行った。

美奈の後ろ姿を目で追いながら、(フン、侘しい中年をからかいやがって)と水上は無理にそう決めつけた。
そうしなければ、羽根が生えたように心が舞い上がってしまいそうだった。

いつの間にか出社拒否症候群など霧散し、美奈と会った時と同じ胸を張った姿勢で、水上は堂々とオフィスのドアを開けた。

つづく・・・・

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「男の居場所」 第八章・・・(紅殻格子)

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八・

翌日、通勤の足取りは重かった。
出社拒否症候群という病気があることは知っていたが、まさか自分がかかるとは思いもよらなかった。

仕事への情熱を奪われた水上は、ただ惰性だけで福岡の街を会社に向かって歩いていた。
オフィスのある地下鉄天神駅の階段を上がっていた水上は、不意に若い女性から声をかけられた。

「水上次長、おはようございます」

振り返ると、経理の澤田美奈が背後から駆け寄ってくる。

「ああ、おはよう」

水上は辛うじて重い口を開いた。

「また二日酔いですか?」

美奈はじっと水上の顔を見ながら、図星だろうと言わんばかりに得意げな表情をした。
美奈は今年の春、短大を卒業したばかりの二十歳の新入社員だ。

今時の娘らしく、ヒールを履くと170センチある水上と背は変わらない。
もっともずんぐりとした水上とは、似ても似つかぬスリムな体型をしている。
キャメル色のタイトスカートから覗く両脚は、同じ人間とは思えないほど長く見える。

「まあね・・・」

水上は寄り添うように隣を歩く奈美を意識して、心持ち背筋を伸ばして胸を張った。
歩道を擦れ違う同年代の男たちが、一様に羨ましそうな眼差しで見る。

それほど奈美は美しかった。
肩まで伸びた明るい栗色の髪、くりっとした大きな瞳、そして可憐な桜貝にも似た口唇。

前髪を上げて額を広く見せているので、女子高生のようなあどけなさを顔立ちに残している。
奈美は屈託のない笑顔で水上の顔を覗き込んだ。

「さてはまた中州ですね?」

「……ふん、余計なお世話だ」

「何がおもしろいのかしら……どうせスナックの女が目当てなんでしょ?」

美奈はおどけた様子で水上をからかった。

つづく・・・

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七・

それは家族とて同様だ。
福岡の転勤が決まるや、本人の意向などお構いなしに、家族は水上の単身赴任の準備を始めた。

高校に通う娘と息子がいれば、世間的には当然なのかもしれない。
無論、水上自身も内心は自分が犠牲になることを覚悟していた。

しかし単身赴任するのはあくまでも水上の家族愛であり、欠席裁判で勝手に命じられるものではない。
父親のありがたみがわからない子供たちは、むしろ煩い父親が居なくなることを喜んだに違いない。

それは仕事仕事で育児をかまけた負い目から、水上も期待するのは半ば諦めていた。
しかし妻が水上の福岡転勤を聞いた瞬間、ほっと安堵したような表情を見せたのには落胆した。

案の定、単身赴任当初は頻繁にかかって来た電話も、今はほとんど途絶えている。
若い恋人たちの遠距離恋愛は難しいと言うが、熟年ともなればそれ以上かも知れない。

単身赴任者は、月二回家に戻れる旅費が会社から支給される。
水上の場合、月二往復分の福岡・東京の航空運賃が、手当てとして給与に加算される。
しかし今はせいぜい二ヶ月に一度くらいしか家に戻っていなかった。

それには理由があった。
水上家のリビングに置かれたソファには、暗黙で決められた家族の定位置がある。

テレビが一番見えやすい場所が、一家の大黒柱である父親の定席だ。
ところが単身赴任して一ヶ月も経つと、その場所は息子に占領されていた。

しかも誰もそれを咎めることなく、本人も父親が帰ってきたのに譲ろうともしない。
些細なことだと笑われるかもしれないが、些細なことだけにショックを受けた。

すっかり水上の存在は、家族から忘れられていたのだ。
水上が家の戻らなくても、給与が銀行口座に振り込まれている限り、妻や子供は何も不自由することはない。

水上は単身赴任して初めて、家でもその居場所を失っていたことに気づいた。
開けっ放しにした浴室からの音で、バスタブの湯が満たされたのを水上は知った。

着信音の鳴らない携帯電話を枕元に置くと、クリーニングに出すワイシャツと、コインランドリーで洗濯する下着をビニール袋に分け、まだ暖まりきらない部屋の寒さに背を丸めて浴室に駆け込んだ。

つづく・・・
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「男の居場所」 第六章・・・(紅殻格子)

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            「男の居場所」
六・

福岡の冬は厳しい。
玄界灘からの寒風が夜の深閑とした住宅街の路地にまで吹き荒ぶ。

水上はコートの襟を立て、近所のコンビニへ向かった。
明日の朝食用のおにぎりとペットボトルのお茶を買うためだ。

単身赴任者にとってコンビニは、なくてはならない補給基地だ。
転勤当初は同僚を食事に誘ったり、自分で簡単な食事を作ってみたりもした。

しかし最近では、接待のない夜はほとんどコンビニの弁当で済ませている。
一見侘しくも思えるが、経済的にも体力的にもそれが一番楽だった。

水上はコンビニを出ると、袋をガサガサ木枯らしに鳴らせながらアパートへ帰った。
プレハブの安普請なドアを開けると、閉め切った部屋のすえた臭いが鼻をつく。

暗闇の中、水上は手探りで電灯のスイッチを入れた。
安っぽい蛍光灯の青白い光が、がらんとした部屋を一層殺風景に見せた。

家財道具は、小さなテレビと冷蔵庫、ファンヒーター、クローゼット・ハンガーぐらいしか見当たらない。

部屋の中央に敷かれた万年床の周りには、ビールの空き缶や乾き物の袋、新聞、週刊誌が散乱している。

また台所の流しにはカップラーメンの容器が、洗面台の下には洗濯物が、無造作に山積みされたままになっている。

部屋は外の気温と変わらぬほど冷え切っていた。
水上はスイッチを入れたファンヒーターの前にうずくまり、コートを着たまま部屋が暖まるのを待った。

実際はほんの数分なのだが、侘しい単身赴任の身には実に長い時間に感じられる。
しばらくして部屋が暖まると、水上は風呂場へ浴槽に湯を張りに行った。

入居した当時は綺麗なユニット・バスだったが、不精でほとんど掃除もしないため、天井や壁には黒いカビが点々と生え、浴槽は垢がこびりついてザラザラとしている。

夜十一時のニュースを見ながら、水上はため息をついた。
五十に手が届く年で修行僧並の苦行は正直辛い。

今夜は一層その思いが強かった。
単身赴任の苦しみは会社しか癒せない。

仕事さえ充実していれば、生活の苦行など取るに足らないことだ。
しかし会社で居場所を失った今の水上には、単身生活を癒してくれる楽しみなど皆無に近かった。

つづく・・・

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『色褪せぬ薔薇』 作品紹介・・・・
(電子書籍「遊スタ」より引用)
※ 来年60歳になる秀明は住宅用建材メーカーの重役で、25年前は仙台支社にて営業をしていた。単身赴任で仙台にやってきた秀明は、やがて同僚の葉子と社内不倫の関係を持つようになり、夜毎、互いに体を貪り合い、熱い情事を繰り返した。 だが、秀明が東京の本社へと戻ったことをきっかけに、ふたりは別れ離れになってしまう。 久しぶりに、仙台を訪れた秀明は、彼女に会うことにするが、そこで部下から知らされた葉子の衝撃的な事実とは? 
愛に包まれた感動のエピローグに乞うご期待!※

閲覧方法・・・

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「男の居場所」 第五章・・・(紅殻格子)

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    「男の居場所」

五・

赤い照明だけが燈る暗いフロアには、雑音としか聞こえない音楽が充満していた。
ソファでは、ワイシャツ姿のサラリーマンと半裸の女が絡み合っている。

接待でキャバクラへ来た時はそうでもなかったが、今夜の水上にはそれが妙に不自然に見えた。
水割りを呷る水上の隣に女が座った。

「オジサン、福岡の人?」

「いや、哀れな単身赴任さ」

「じゃあよくキャバクラとか来るの?」

「ああ、時々だけどね」

水上はそっと女の腰に手を回し、肉づきのいい尻を撫でてみた。

「やだ、さっき道を歩いていた時は暗い顔だったのに、意外と遊び人なのね」

「そうさ、遊び過ぎで今日会社をお払い箱になったんだ」

女はキャッキャッと笑いながら、キャミソールの肩紐を外した。
年頃の割に、乳房は弾力を失ってやや垂れていた。

水上は女を膝に乗せると、目の前で揺れる乳房に顔を埋めた。
肌が荒れているからか、むっちりとした感触に欠けている。
尖った乳首もどこか疲れてぎすぎすして見えた。

「オジサン、元気を出して」

と、女は股間の上で腰を振るが、水上の肉茎は萎えたままだった。
女が悪いわけではない。
普段なら十二分に満足できる体だ。

しかし今の水上には、遊び自体が虚しく無意味だった。
遊びは息抜きなのだ。
仕事が順調であればこそ、遊びは面白い。
遊びだけでは生きる喜びは得られない。

水上は失意のまま店を出た。
普段なら水上を歓迎してくれる中州が、今夜はどこかよそよそしかった。

快楽街は働く者の為にあるオアシスだ。
社会の役に立たない人間は、冷たく塩をまかれて追い払われるだけだ。
明るいイルミネーションを背に浴びて、水上は押し出されるように中州を後にした。

つづく・・・

・・・・・・ お知らせ ・・・・・

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 「男の居場所」 第四章・・・(紅殻格子)

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四.

那珂川の水面に揺れる原色のネオン。
深夜まで引きも切らぬ雑踏と喧騒。

不夜城の喩えに違わず、中洲は目映いばかりのイルミネーションに溢れていた。
失意に打ちひしがれた水上は、経理課長の板橋を誘って安酒を呷った。

板橋は水上と同期で、入社以来福岡支店に勤務する古顔だ。
職種が違うこともあって、二人は気安く話ができる間柄だった。

板橋に散々愚痴をこぼしたが、そう簡単に今夜は気が晴れなかった。
居酒屋で板橋と別れた後、水上は1人中洲の街を行くあてもなく彷徨った。

(俺も窓際族の仲間入りか……)

水上は心の中で自虐的に呟いた。
エリートを自負し、会社一筋に生きてきた男には死刑宣告にも等しかった。
生きる希望を失った水上は、海を漂う水母さながらに、ただ人の流れに身を任せて歩いた。

知らぬ間に、風俗店が集中する通りに足を踏み入れていた。
路上では、金色に染めた髪を煌かせた若い女たちが、嬌声をあげながら客引きをしている。

「ねえ、遊んでいかない?」

夜の蝶が水上の腕に止まった。
ピンクのキャミソール・ドレスから、夜のイルミネーションしか浴びない青白い肌が覗いている。

「キャバクラか……」

水上は握らされたチラシと女の顔を見比べた。
バイオレットのアイカラーをあしらった瞳がセクシーな、まだ二十歳そこそこの若い女だ。
わざと胸の谷間を見せる姿勢で、水上を挑発している。

このままアパートに帰っても、眠れそうにもなかった。
若い女とでも遊べば、少しは気が晴れるかもしれない。

(どうでもなれ)

女に促されるままに、水上は派手な造りの雑居ビルに足を踏み入れた。

つづく・・・

※ 携帯電子書庫にて配信中の「色褪せぬ薔薇」について・・・。

ただいまご紹介しております携帯電子書庫サイト
「遊スタ」 では携帯の機種により観れないとの問い合わせを沢山いただきました。

ご購入いただきました皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
またご紹介していながら提供できなかった皆様には(サイトに飛んでくださった方の貴重なお時間を無駄にいただいてしまったこと・・・)深いお詫びと感謝の気持ちでいっぱいです。

このたび新たな携帯電子書庫サイトで「色褪ぬ薔薇」が配信になりましたので、再度ご紹介されていただきます。

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「男の居場所」 第三章・・・(紅殻格子)

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三・

水上は唖然とした。
あの海千山千の代理店社長たちが、こんな若造支店長に陥落させられるとは、にわかに信じられなかった。
しかし老練な相手ほど、谷崎のような正論で押す営業に弱いのかもしれない。

(しまった、嵌められた)

谷崎はわざと水上に大言壮語をはかせるよう挑発したのだ。
それを鮮やかに切り返すことで、目の上のたんこぶだった水上を封じ込める狙いだったに違いない。
時すでに遅し。完全な敗北だった。

「……申し訳ない」

水上は谷崎に頭を下げた。
声が震えているのが自分でもわかった。

無論、半分は谷崎への怒りだ。
だが残り半分は谷崎の言う通り、水上の営業が通用しなかった事実への動揺だった。

接待してくれる金があるのなら、その分値段を下げろという世知辛い時代だ。
今は人間関係より、一円でも安いことが美徳の世の中なのかもしれない。

「まあ、水上さん。もう少し時代の流れを見据えられた方がいいですよ」

谷崎は俯いたままの水上へ、嫌味ともとれるアドバイスをした。
福岡への左遷は、自分の能力が衰えたのではなく、派閥のしがらみが原因だと水上は思っていた。
実力さえあれば、すぐに本社へ戻れるだろうと高を括っていた。

しかし今夜の会議で、そんな自惚れは打ち砕かれた。
水上は定年まで約十年を残し、自分の居場所が会社にないことを始めて悟った。

つづく・・・

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プロフィール

紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

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ご挨拶
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『プリン』を読む
臆病で甘えん坊だった仔馬は、サラブレッドの頂点を目指す名馬へと成長する。
『プリン』
だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
『プリン』を読む

作 品 紹 介
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