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『人外境の花嫁』六.伏魔殿の監禁者(十一)

『人外境の花嫁』 

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六.伏魔殿の監禁者 (十一)

儀礼服を着た男女十名ほどが、支部長に倣って歓喜天像に平伏した。

「南無奉献吉祥歓喜天」

「オーム・シュリー・ガネーシャーヤ・ナマハ」

「南無奉献吉祥歓喜天」

「オーム・シュリー・ガネーシャーヤ・ナマハ」

子猿もミーアも、他の幹部とともに平伏して一心に読経する。

色覚を惑わす赤い空間。

嗅覚を狂わす甘い香。

聴覚を麻痺させる読経。

おそらく太古より宗教は、このような異次元の舞台装置を用いて、人々の心を揺さぶってきたのだろう。

(何かしら・・体の芯が疼くような・・)

立ちくらみを感じた麻美は、その場にへたり込んでしまった。

すると読経が止み、支部長が立ち上がって大音声で名を呼んだ。

「根岸一樹、根岸静江」

すると再び広間の大扉が開き、薄い茶色の儀礼服を着た男女が進み出て支部長の足元に跪いた。

「今宵、歓喜天様のお導きで、両名が天神会の幹部へ昇格することとなった。根岸夫妻は天神会で功徳を積み、我等の同志なることをアヤタチ様から許された」

支部長は二人を立たせると、驚いたことに儀礼服を脱がせた。

全裸の夫妻に全員の視線が注がれる。

夫婦は三十代半ばぐらいだろうか、妻の静江は肉づきのいい体をしている。

「南無奉献吉祥歓喜天。すべてを捨てよ。すべてを分かちあえ」

高らかに宣言した支部長は、自分の儀礼服を脱ぎ捨てた。

つづく…

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『人外境の花嫁』六.伏魔殿の監禁者(十)

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六.伏魔殿の監禁者 (十)

麻美の疑問は消えない。

「確かに日本にも馬頭観音とかあるから、インドの神様なら象でもおかしくないけど、何で抱き合っていなければいけないの?」

「それは歓喜天が、その名の通り性を司る仏だからです。特に双身歓喜天は、男神と女神が抱き合った像で表現されます。これは男女和合を意味し、日本では秘仏とされて人目に触れてきませんでした」

「せ、性の仏様・・」

昔、降矢木から立川流と言う宗教について聞いたことがある。男女交合の絶頂感を即身成仏の境地とする邪教だったらしい。

立川流は江戸時代に弾圧されたが、天神会もその類の教義を受け継ぐ宗教団体なのだろうか。

麻美は眉を顰めて自分の儀礼服を見た。

先ほど挨拶された上級階位者は、様々な色の儀礼服を着ていたが、やはり男も女も下は素っ裸だとすぐにわかった。

支部長はにんまりと笑った。

「麻美様が今ご想像されている通りですよ。我々幹部は、性の儀式によって結ばれています。その理由は後ほどご説明するとして、まずは上級階位への入会式をご覧下さい」

意味ありげに語った支部長は、ミーアに向かって合図すると、自らは歓喜天像の前に進み出て平伏した。

ふと麻美は甘い匂いを感じた。

見るとミーアが、広間の隅々に置かれた香炉に火を入れている。

やがて広間全体に、微かな煙と甘い香りが広がっていく。

そのどこかトロリとした匂いに、麻美は頭の芯がぼんやりとするのを感じた。

つづく…

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『人外境の花嫁』六.伏魔殿の監禁者(九)

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六.伏魔殿の監禁者 (九)

上級階位者個々の居室や共有スペース、バス・トイレまで完備された四階と比べて、五階は厳重な扉で守られた広間がフロアを占有していた。

修養の間。

窓一つないそのスペースは、血の色と見紛う赤の絨毯と壁紙が、暗いシーリングライトに照らされている。

「ここは・・」

目も眩むような赤の洪水に、麻美は血の臭い感じて思わず一歩後退りした。

異空間の奥に、高さ二メートルほどのおかしな像が飾られている。

「ぞ・・象の像?」

洒落ではなかっいが、てっきり仏像かと思いきや、安置されているのは長い鼻をした象の立像だった。

「頭が象で、体が人間・・」

麻美は吃驚して目を凝らした。しかも象頭人身の二体が、立ったまま向かい合って抱擁し合っているではないか。

支部長が神妙な顔で麻美に告げた。

「あれは天神会の幹部が崇拝する双身の歓喜天様です」

「でも顔が象じゃないの。しかも仏像なのに何で抱き合っているの?」

「ははは、麻美様はご存じないのですね。しかし歓喜天は聖天とも呼ばれる一般的な仏様ですよ」

歓喜天は、ヒンドゥー教のガネーシャ神に起源を持つ仏で、銭洗い弁天などと並び、富をもたらす仏として信仰されてきたと言う。

浅草待乳山聖天や奈良生駒聖天が有名で、非常に呪力が高い反面、疎かにすると手酷い仏罰が下ると恐れられてきたらしい。

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つづく…

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『人外境の花嫁』六.伏魔殿の監禁者(八)

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六.伏魔殿の監禁者 (八)

麻美は心臓の鼓動を感じた。

「アヤタチは私とどんな関係があるの?」

「それはまだ申し上げられません。何故なら天神会の運命がかかっているからです。もし麻美様が天神会に入信頂けなければ・・」

温和な支部長の表情が険しくなった。

「ど、どうなるのよ?」

「我々の秘密を知った以上は、ここから生きては戻れません」

「・・それじゃ、私には天神会に入るしか選択肢はないってこと?」

「ですから運命だと申し上げているのです。麻美様と我々は運命共同体なのです」

支部長はそう答えて麻美を見つめた。

表向きは慈善団体の天神会だが、裏ではただならぬ暗部を抱えているようだった。

無益な金を集める仕組みと言った。

無益な金。

先ほど支部長が語った集金システムが麻美の脳裏を過った。

この建物もそうだが、全国で大規模な炊き出しをするにも、相当な資金力がなければならない。

麻美には想像がつかなかった。

「一体天神会の秘密って・・?」

「今夜、ここ横浜支部で、六階位の人間が七階位に昇格する儀式があります。秘密を共有する上級階位への入会式です。麻美様にもその儀式に参加して頂きます」

支部長の言葉に麻美は頷いた。どうせ拉致された身である。

生きて帰れないのなら、とことんまで天神会の秘密を暴くほかないだろう。

そしてアヤタチの正体も。

麻美は支部長に促されて、五階へ向かうエレベーターに乗った。

つづく…

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『人外境の花嫁』六.伏魔殿の監禁者(七)

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六.伏魔殿の監禁者 (七)

マジックミラーで仕切られた一階から三階を見学して、麻美とミーア、そして支部長と子猿は四階中央の居室へ戻った。

一切窓がないフロアである。

外界から遮断された空間に、八人の上位階級者が集まってきた。

「麻美様、お会いできて光栄です」

「麻美様、お待ちしておりました」

いろいろな色の儀礼服を着た老若男女が、深々と麻美に頭を下げて挨拶していく。

麻美は彼等をぼんやりと見送った。

(何故私が・・)

母を失ってから、天涯孤独で生きてきた麻美である。

商売で肌を重ねた男達を思い返しても、アヤタチなどと名乗る者に出逢ったことはない。

ふと降矢木の顔が脳裏に浮かんだ。

(母が持っていた絵文字を先生に解読してもらおうと思っていたのに・・)

その時、麻美は幼い頃に母が語った一言を思い出した。

『きっと父ちゃんは、お前を優しく迎えてくれるだろうよ』

麻美は直感的にアヤタチが父ではないかと考えた。

麻美が着ている儀礼服は、最上階位の一つ下にあたる十二階位らしい。

そのアヤタチと親子でもなければ、いきなりそんな高い階位をよそ者に与えたりしないだろう。

未だに父の名前も所在もわからない。

降矢木に解読を依頼した封書の差出人は足立寛三だった。

だが寛三が麻美の父親であるかはわからない。

母の話では、父が生きていれば相当な高齢であり、深い山奥の村で暮らしているはずだった。

つづく…

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『人外境の花嫁』六.伏魔殿の監禁者(六)

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六.伏魔殿の監禁者 (六)

麻美は呆れた。

「そんなのインチキ宗教と一緒じゃない」

「そうですかな。神道には賽銭、仏教には布施、キリスト教にはチャリティー・・宗教は全て金を必要としているではありませんか」

「そ、それは」

「天神会においても、無償で食糧を提供するには莫大な資金が必要です。金がなければ人を救うことなどできません」

言葉に詰まった麻美に、支部長は再び恵比須顔で優しく諭した。

宗教団体を維持するには、集金システムがなければならない。

大半の宗教は、その信奉者が供出した浄財で運営されている。

確かに紛れもない事実だろう。

だがそうであれば、天神会とて下級階位の浄財によって成り立っているはずである。

ならば却って、差別と秘密主義など生じ得ないではないか。

支部長は太った腹を突き出した。

「我々は独自の資金源を持っています。決して金を下級階位者から集めたりしません。貧しい者を救うため、世の中の無益な金を集める仕組みをアヤタチ様が考えられたのです」

「またアヤタチ・・様?」

「偉大なる神です。我々が秘密裏にこのような儀礼服を着るのも、麻美様がここへ招かれた理由も、全てはアヤタチ様の思し召しによるものなのですよ」

恍惚と語る支部長に、麻美はますますアヤタチという存在を胡散臭く感じた。

新興宗教の教祖などそんなものだろうが、そのアヤタチが麻美とどのような関係にあるのか、しばらくは彼等の言いなりになって探るしかなかった。

つづく…

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プロフィール

紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

繊細な人間描写で綴る芳醇な官能世界をご堪能ください。

ご挨拶
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だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
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作 品 紹 介
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