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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十一章

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『 紅 殻 島 』
 
二十一

それは雛子も同じだったろう。
だから英生への贖罪に、雛子は自らの身を紅殻島へ島流しにしたのだ。

売春婦と言う苦界に身を沈め、生涯を賭して英生への鎮魂歌としたのだろう。

(だが・・)

伊勢はこの島を訪れる前に、すでに己の意志を固めていた。
罪は罪かもしれない。

だがまさか英生も草葉の陰で、雛子が毎夜男達の性欲処理をしているなどとは思うまい。
きっと英生は、雛子の幸せを願っているに違いない。

「雛子を頼む」

それが病床の英生から聞いた最後の言葉だった。
むろん二人の背徳など知らなかったろうが、雛子に飽き初めていた天才肌の英生は、本能的に薄々直感していたのかもしれない。

ならば、雛子を紅殻島から救い出して幸せにすることが、ただ一つの英生に報いる道であるに違いない。

(結婚しよう)

伊勢はその言葉だけを胸に秘め、紅殻島への渡船に乗り込んだのだった。

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十二章

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『 紅 殻 島 』
 
二十二

早春とは言え、海辺を歩くと、薄手のコンパニオン用ドレスではまだ夜が肌寒く感じられる。

(・・きっと伊勢さんは)

ホテルでの宴会を終えた雛子は、闇に閉ざされた海を見ながら、ふうっと深くため息をついた。
街灯が路地裏を寂しく照らしている。
影が動いた。

「雛ちゃん」

やはり伊勢だった。

「あら、待っていてくれたの。嬉しいわぁ!」

わざと明るい素振りで伊勢の腕を取ると、雛子は暗い路地の階段を連れて上がった。
雛子のアパートは、六畳の和室一間に、キッチンとバス、トイレがついた古ぼけた部屋だった。

「さあ、入ってよ」

明かりを灯すと、雛子は伊勢を中へ招き入れた。

「久しぶりのお客が伊勢さんだなんて・・最近は熟女ブームのはずなんだけど、選ばれるのはいつも若い女の子なのよね。本当に頭に来ちゃうわ!」

お茶を淹れながら、雛子は伊勢へ饒舌に話しかけた。
だが伊勢は、くすりともせず思い詰めた顔で俯いている。

小さなテーブルに載ったお茶を挟んで、雛子と伊勢はしばらく無言で向かい合った。

「この島を出よう」

伊勢はぽつりとそれだけ言った。

「・・・・」

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十三章

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『 紅 殻 島 』
 
二十三

雛子は黙って首を横に振った。

「ぼ、僕が雛ちゃんを幸せにするから・・だからもうこんな仕事は辞めてくれないか」

「・・私はこれが性に合っているの」

「嘘だ。僕にはわかっている。雛ちゃんは自分の身を貶めることで、兄貴を裏切った僕との罪を償おうとしているんだろう」

「・・・・」

「兄貴は病床で雛子を頼むと僕に託したんだよ。死んだ兄貴だって、見知らぬ男に抱かれる雛ちゃんなんか見たくないさ。きっと僕らの過ちを許してくれるはずだ。」

伊勢は鞄から小さな宝石箱を取り出した。

「僕は兄貴と違って凡人だ。金もないし、頭も悪いし、洒落た会話ができるセンスもない。でも初めて雛ちゃんに遭った日から、君への想いは兄貴に負けないつもりだ」

酒も飲んでいないのに、顔を真っ赤にした伊勢は早口でまくし立てた。

「だから、結婚して欲しい」

伊勢が手にしたエンゲージリングが、蛍光灯の下で小刻みに震えた。
雛子は何も答えず、壁に飾った結婚式の写真へ目を遣った。

(・・あなた)

白いウエディングドレスを着た雛子の隣で、英生が明るく微笑んでいる。

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十四章

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『 紅 殻 島 』
 
二十四

雛子も刹那微笑んだ。
そしておもむろに立ち上がると、派手な原色のドレスを足元に落とした。

「伊勢さん、私、もうおばあさんなのよ」

後ろ手でブラを外すと、解放された乳房が弾け出た。
四十路に近い膨らみは、すでに若かりし頃の弾力を失っていた。
行きずりの男達に弄ばれた乳首は、黒ずんだ乳暈から小指の第一関節ほども顔を覗かせていた。

「ほら、今さら再婚できる体じゃないでしょう?」

すっかり贅肉のついた下腹部から、雛子は体をよじってショーツまで脱いだ。
女豹のようにしなやかだった肢体は、不摂生な生活でだらしなく荒んでいた。
伊勢はじっと雛子を見つめて首を振った。

「いくら体型が変わっても、僕の気持ちは変わらない。雛ちゃんはいくつになっても雛ちゃんだよ」

雛子はふっと小さく笑って、裸のままカーペットに座った。

「真面目な伊勢さんには、もっと素敵な女性が現れるわよ」

「雛ちゃん、君を三年間も探し続けたんだ。僕はここへふざけに来たわけじゃない」

部屋の隅に畳んであったバスタオルを、伊勢は優しく雛子の肩にかけた。

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十五章

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『 紅 殻 島 』
 
二十五

雛子は胸が熱くなった。

「伊勢さん・・」

売春婦になった雛子は、裸に剥かれることはあっても、隠してもらえることなどここへ来て一度もなかった。

「嬉しいわ・・でも私は島からは出られないの・・」

「どうして? もう兄貴への償いは十分したはずだよ。早くこの島を出て僕と人生をやり直そう」

伊勢が両手で雛子の肩を抱いた。
雛子は首を振った。

「違うの・・」

雛子は瞳を潤ませながら、壁で微笑む英生を見つめた。

「私が愛した男はあの人だけ・・もう抜け殻なの・・女であることを、私は、あの人とともに葬ってしまったから・・」

「そ、そんな・・」

「あの人との思い出に包まれながら、この島でひっそりと死にたいの・・」

青白い蛍光灯の下、雛子は寂しそうな瞳を伊勢へ向けた。
男は売春婦を蔑視する。

だが売春婦も、心の底では客の男を馬鹿にしている。
政治家も大学教授もお寺の坊さんも、離れ小島で遊女を抱く時は、昼間の仮面を投げ捨てて本能を剥き出しにする。

紳士面した男が縛らせろと強要したり、逞しい髭面の男が虐めてくれと哀願したりする。
性癖だけでなく、普段隠している傲慢さや狭量さ、狡猾さを、男達は売春婦と侮って平気で曝け出してくる。

雛子はそんな男達に抱かれると、逆に英生の大きさを改めて感じることができた。
毎晩男に犯されるたび、雛子は英生の愛情に包まれることができるのだった。
 
つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十六章

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『 紅 殻 島 』
 
二十六

短かった英生との生活だったが、その毎日毎日、一場面一場面、一言一言が、下衆な男に犯されて鮮やかに蘇ってくる。

(あなた・・)

網膜の中の英生は、他に何もない島だけに、雛子の瞳の奥で何倍にも目映く感じられた。
雛子は恥ずかしそうに笑った。

「この島で男に抱かれていると、あの人が近くにいてくれるみたいなの。まるで生き返ったように、あの人が楽しそうに話しかけてきてくれるのよ」

伊勢は愕然とした。

「兄貴を愛し続けるために、この島で売春をしていると言うのか・・」

「あの人との五年間の愛情は、私が一生をかけても埋められないほど大きかったの」

そのはにかんだ表情は、年頃の生娘のように初々しかった。
伊勢はテーブルを両手で叩いた。

「う、嘘だ。兄貴との夫婦生活は、破綻していたんじゃなかったのか? それなら一体、僕らの関係は・・」

テーブルの上に置かれた宝石箱が転がり落ちた。

「・・あの人は、私達のことを知っていたのよ」

「ええっ?」

「ううん、あの人は亡くなる前に、私を伊勢さんに託したかったのかもしれない」

雛子は瞳を伏せて、英生との結婚の経緯を語り始めた。
そもそもエリートの英生が、三十代半ば過ぎまで独身だったのには理由があった。

世間から許されない性癖を持っていた。
初めてベッドを共にした時、英生は包み隠さず告白した。

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十七章

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『 紅 殻 島 』
 
二十七

それは寝取られ願望だった。

「お前が他の男に抱かれているのを観たい」

雛子は耳を疑った。
人生に一点の憂いもなさそうに見える英生には、屈折したマゾヒズムがあったのだ。

昔つきあっていた恋人が、浮気している現場に遭遇したのが原因だと言った。
だがそこからが英生らしい。

「自分の性癖が叶えられない恋愛などしたくない」

嫌ならここから帰っていいと、英夫はタクシー代を渡した。
雛子は驚いた。

性癖に驚いたのではない。
子供のように純真な心に驚いたのだ。

普通の男ならば、決して変態と呼ばれる性癖を告白などしない。
ましてや恋人や妻に求める勇気など皆無で、浮気や風俗で紛らわせるのがいいところだ。

「あなたの性欲を処理するために、私が他の男に抱かれなければならないの?」

また普通の女ならば、怒ってホテルを出ていくだろう。
だが元来へそ曲がりな雛子は、ますます英生に惹かれた。
性癖と言う弱点を曝け出し、ありのままに話してくれたことが雛子には嬉しかった。

「いいわ」

雛子は安請け合いした。
もちろん不安がなかったわけではない。
いくら場末のホステスだとは言っても、好きな男の前で他の男に抱かれたことなどない。

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十八章

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『 紅 殻 島 』
 
二十八

だが雛子は、英生への愛情が深まるにつれて、その願いを叶えてやりたいと思うようになった。
雛子は、英生の前で何人もの男達に抱かれた。

英生は見知らぬ男達に犯される雛子をじっと見守っていた。
初めて経験する性の深淵だった。
男に体を犯されながら、雛子は英生の視線で絶頂へ昇華させられた。

「もっと観てっ!」

犯している男など雛子には見えなかった。
雛子と交わっているのは、間違いなく背後で観ている英生だった。

体を犯している男達は、英生が持参した大人の玩具と変わらなかった。
男を帰した後、英生は激しく雛子を抱いてくれた。

見知らぬ男に抱かれた時間の何倍をも、英生は雛子をまた一から愛してくれたのだった。
確かに異常な光景かもしれない。

だが雛子にとっても、他の男に抱かれるのは前戯だった。
温もった心も体を最後に征服してくれるのは、英生を置いて他にいなかった。

雛子の部屋は物音ひとつなく静まり返った。
顔面が硬直した伊勢は、ぶるぶると体を震わせた。

「ま、まさか・・」

「伊勢さんに抱かれているところを、あの人はクローゼットの中から覗いていたのよ」

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第二十九章

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『 紅 殻 島 』
 
二十九

英生は海外出張だと偽って、雛子に芝居をさせて伊勢を呼び寄せた。
そして二人が愛し合う様を、英生は嬉しそうに眺めていたのだ。

「あ、兄貴は・・知っていたのか・・」

「でも伊勢さんを呼んだのは、たぶんあの人が自分の余命を知ってからだわ」

肺癌に侵されていることを知った英生は、見知らぬ男を物色するのは止めて、伊勢だけに雛子を任せるようになった。

「雛子を頼む」

英生は伊勢の想いを知っていたのだ。
そして自分が逝った後を考えて、雛子の将来を伊勢に託そうとしたのだろう。
伊勢はがっくりと項垂れた。

「あ、兄貴はそこまで・・」

「そういう人だったわ。優しくて、飾ることがなくて、心の大きな人だった」

雛子と伊勢は、再び沈黙したまま、壁で微笑む英生を長い時間見つめていた。
伊勢はふうっと大きなため息を漏らした。

「ライバルが亡き兄貴の思い出が相手じゃ、僕など足許にも及ばないよ・・」

「伊勢さん」

「兄貴は罪な男だよ・・でも雛ちゃんがそこまで覚悟した上なら、もう僕には出る幕もないな・・」

つづく・・・ 

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紅殻島(べんがらじま)・・・第三十章

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『 紅 殻 島 』
 
三十

雛子は涙ぐんで伊勢の手を引いた。

「・・ねえ、昔みたいに抱いてよ」

「い、いや、しかし・・」

「あの人に、抱かれているところを見せて上げたいの」

「ああ・・」

伊勢は口唇を重ねながら、ゆっくりと全裸の雛子をカーペットに横たえた。
そして伊勢は雛子に体を重ねると、乳首を舌先で舐り始めた。

「ああ・・伊勢さん」

むずむずした蟻走感が、敏感な乳房で増幅されて下腹部の奥へ蓄電されていく。

「雛ちゃん、兄貴が観ているんだよ」

「ああ、そうよ・・あなた、観て・・私は伊勢さんに抱かれているのよ」

壁に飾られた英生の笑顔が、滲んだ涙でゆらゆらと揺れた。
英生の笑顔に見つめられて、雛子の心は温かい至福に包まれていった。

つづく・・・ 

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プロフィール

紅殻格子 

Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

表のメディアで満たせない性の妄想を描くためブログ開設

繊細な人間描写で綴る芳醇な官能世界をご堪能ください。

ご挨拶
「妄想の座敷牢に」お越しくださいまして ありがとうございます。 ブログ内は性的描写が多く 含まれております。 不快と思われる方、 18歳未満の方の閲覧は お断りさせていただきます。               
児童文学 『プリン』
  
『プリン』を読む
臆病で甘えん坊だった仔馬は、サラブレッドの頂点を目指す名馬へと成長する。
『プリン』
だが彼が探し求めていたものは、 競走馬の名誉でも栄光でもなかった。ちまちました素人ファンタジーが横行する日本の童話界へ、椋鳩十を愛する官能作家が、骨太のストーリーを引っ提げて殴り込みをかける。
日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
『プリン』を読む

作 品 紹 介
※ 小説を読まれる方へ・・・   更新記事は新着順に表示されますので、小説を最初からお読みになりたい方は、各カテゴリーから選択していただければ、第一章からお読みいただけます。
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