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『人外境の花嫁』十一.人外境の怨讐者(七)

『人外境の花嫁』

十一.人外境の怨讐者(七)
 
再び、昭和二十九年。

乱裁道宗こと足立寛三は、箕面谷での稼業から横浜へ戻っても、あのミソソクリの娘が忘れられずにいた。

自由とは。

戦後、日本人は米軍の占領下で民主主義という自由を手に入れた。

だが現実は、自由と言う名の新しい統制だったのではないか。

昭和二十年代半ばには、GHQの指示により『赤狩り』と呼ばれる共産党員追放が始まった。

自由を謳歌できたのは一部の資本家だけで、大半の労働者は、豊かさに煽られて逆に真の自由を失ったのかもしれない。

否応なく寛三も、金銭と家族愛こそが幸福と称する新しい価値観に組み込まれた。

(もう一度逢いたい)

身なりは貧しい少女だったが、俗世のしがらみに縛られない天真爛漫な笑顔が愛おしかった。

香具師という封建世界、そして似非の家族という重い鎖に繋がれた自分を解き放ちたかったのかもしれない。

妻の浮気が発覚した。

相手は水商売時代に交際していた飲食店を経営する中年男だった。

寛三と結婚してからも愛人関係は続いていたらしい。

妻の鏡台から、男とやりとりしている手紙が何通もでてきた。

「俺の子供か?」

「今一緒に暮らしている愚連隊の子供ということにしておけ」

「わかっている。妻と別れたらお前と娘を引き取って幸せにする」

寛三は激しく妻を叱責した。

「ふん、香具師風情の甲斐性なしが、これからの経済社会をどうやって渡っていくのさ。家族を養っていけるのかい?」

妻は開き直った捨て台詞を吐くや、娘を連れて行方をくらませてしまった。

つづく…

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『人外境の花嫁』十一.人外境の怨讐者(六)

『人外境の花嫁』

十一.人外境の怨讐者(六)

月絵は金治に抱きつきたかったが、先刻の失敗を思い出してそっと背中に寄り添った。

「大丈夫だったか、月絵」

「パパぁ・・有難う・・」

金治は背中でしゃくり上げる娘の肩に優しく手を回した。

「まったく無茶な娘だ。任侠の世界にいたら緋牡丹お竜になりかねないな」

黒服の男達に囲まれる大親分は、好々爺さながら月絵の顔を見て相好を崩した。

大聖天堂には、依然として百人に及ぶ裸形の幹部達が息を潜めている。

乱裁は独り呟いた。

「美しき哉・・わしは親として失格だったのかもしれんな・・どう思う、若造」

そう降矢木へ問うた乱裁は、刹那物悲しい表情を垣間見せた。

若葉会の男に戒めを解かれた降矢木は、手首を摩りながら乱裁へ語りかけた。

「いえ、あなたはそこまで非道ではありませんよ。天神会の分裂と己の寿命を考えて、致し方なく藤野麻美さんを攫ったのでしょう。しかしそれまであなたが藤野さんに接触しなかったのは、危険な橋を渡る天神会に巻き込みたくなかったからでしょう?」

「・・・・」

「乱裁さん、あなたはずっと奥様のタエさんと娘の麻美さんを見守ってきた。箕面谷で天神会を主宰しながらも、横浜に住む母子を見守ってきたのです。そうでなければ、藤野さんの居場所などわかるはずがありません」

「ふふ、さすがに頭が切れる男よ・・だがタエは妻ではない」

乱裁は遠くを見つめて語り始めた。

「あれは・・遠い昔の話だ。香具師になって初めて稼業に出た頃だったかな、金治よ」

「そうです。兄貴を九州へ見送った時、春日八郎の『お富さん』が流行っていたのを覚えています」

そう答えると、金治も穏やかに目を細めて昔を回想した。

つづく…



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『人外境の花嫁』十一.人外境の怨讐者(五)

『人外境の花嫁』

十一.人外境の怨讐者(五)

乱裁が応えた。

「金治よ、何年ぶりになるだろう」

「寛三兄貴、戦後の横浜で愚れていたのは昭和三十年前でした。あの頃は、私が二十歳、兄貴が二十台半ばだったと思います」

「平成二十二年の今、わしが八十一、そして金治が七十八歳・・五十六年の月日が経ったわけか」

「お互いに年を取りました」

「そうじゃな」

銃を構えて対峙する緊迫した状況の中、乱裁と金治はお互いを見つめて笑った。

金治は続ける。

「こんな物騒なものをお見せしたことをお詫びします。ですがこうでもしなければ、兄貴の手下が中へ入れてくれなかったもので」

そう言って金治が目配せすると、黒服の若い衆達は手にした拳銃を懐に隠した。

乱裁はふっと笑った。

「若葉会の総力を挙げて、娘を取り返しに来たと言うことか」

「ええ、年を取ってから授かった娘は、目の中に入れても痛くないほど愛しいもんです」

「・・そういうものか」

敵味方双方が固唾を呑んで見守る中、月絵は金治の姿を見つめて滂沱の涙を抑えることができなかった。

「パパ・・パパっ!」

こんな遠い山の中へまで、馬鹿な娘を救いに来てくれた金治の想いが心に沁みた。

ましてや実の娘ではない。

天涯孤独の月絵を命がけで守ってくれる金治に、そして血のつながらぬ兄の憲治に、肉親を超える愛情に包まれている喜びを全身に感じていた。

つづく…




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紅殻格子 

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紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

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日本動物児童文学賞・環境大臣賞を受賞。
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