『人外境の花嫁』十一.人外境の怨讐者(八)
『人外境の花嫁』
十一.人外境の怨讐者 (八)
寛三は絶望した。
確かに戦後日本は豊かになりつつある。
しかし豊かさを求めるあまり、日本人は拝金主義を国教として崇めている。
金のためなら人倫すら省みない。
若い寛三を妻は愛してくれた。しかしそれは一時の情熱で、妻は生活を安定させるために、寛三と結婚する以前から、小金持ちのパトロンと二股をかけていたのだ。
しかも目の中に入れても痛くない娘は、手紙を読み解くと、寛三が愚連隊時代にパトロンと密通してできた子供らしい。
寛三の心を支えていた家族が崩壊した。
いつの時代でも、仕事を生き甲斐にしている男は少数派だろう。家族のために仕事をせざるを得ないのが大半に違いない。
寛三はその生きる目的を失った。
戦後社会の新たな世界観から逸脱してしまったのだ。
香具師の稼業も横浜の街も、寛三にとっては何の価値もなくなった。
同時に、都会に蔓延る金の亡者どもが、どうしようもなく鼻につくようになった。
毎夜独りぼっちの部屋で、寛三を慰めてくれたのはあの少女だった。
(もう一度あの笑顔が見たい)
そしてミソソクリと呼ばれていたサンカの放浪生活こそが、真っ当な人間の暮らしではないかと考えるようになった。
貧しいかもしれないが、最低限生きるためだけにしか俗世と係わらず、自然の山野を自由気ままに渡り歩くサンカに、全てを
失った寛三は憧憬を抱くようになっていた。
(九州へ戻ろう)
現世を断ち切るため、金治にも若葉会にもわざと義理を欠いて、寛三は体一つで箕面谷へ向かった。
つづく…
theme : 官能小説・エロノベル
genre : アダルト