『人外境の花嫁』十一.人外境の怨讐者(六)
『人外境の花嫁』
十一.人外境の怨讐者(六)
月絵は金治に抱きつきたかったが、先刻の失敗を思い出してそっと背中に寄り添った。
「大丈夫だったか、月絵」
「パパぁ・・有難う・・」
金治は背中でしゃくり上げる娘の肩に優しく手を回した。
「まったく無茶な娘だ。任侠の世界にいたら緋牡丹お竜になりかねないな」
黒服の男達に囲まれる大親分は、好々爺さながら月絵の顔を見て相好を崩した。
大聖天堂には、依然として百人に及ぶ裸形の幹部達が息を潜めている。
乱裁は独り呟いた。
「美しき哉・・わしは親として失格だったのかもしれんな・・どう思う、若造」
そう降矢木へ問うた乱裁は、刹那物悲しい表情を垣間見せた。
若葉会の男に戒めを解かれた降矢木は、手首を摩りながら乱裁へ語りかけた。
「いえ、あなたはそこまで非道ではありませんよ。天神会の分裂と己の寿命を考えて、致し方なく藤野麻美さんを攫ったのでしょう。しかしそれまであなたが藤野さんに接触しなかったのは、危険な橋を渡る天神会に巻き込みたくなかったからでしょう?」
「・・・・」
「乱裁さん、あなたはずっと奥様のタエさんと娘の麻美さんを見守ってきた。箕面谷で天神会を主宰しながらも、横浜に住む母子を見守ってきたのです。そうでなければ、藤野さんの居場所などわかるはずがありません」
「ふふ、さすがに頭が切れる男よ・・だがタエは妻ではない」
乱裁は遠くを見つめて語り始めた。
「あれは・・遠い昔の話だ。香具師になって初めて稼業に出た頃だったかな、金治よ」
「そうです。兄貴を九州へ見送った時、春日八郎の『お富さん』が流行っていたのを覚えています」
そう答えると、金治も穏やかに目を細めて昔を回想した。
つづく…
theme : 官能小説・エロノベル
genre : アダルト