『人外境の花嫁』十一.人外境の怨讐者(一)
『人外境の花嫁』
十一.人外境の怨讐者
(一)
結局、降矢木自作のの救出劇は、後ろ手に縛られた捕虜が二人から三人に増えただけの結果になった。
降矢木は縛られながら嘆いた。
「だからいつも君は思慮が足りないと言っているだろう」
「・・済みません」
「ああ、どうして僕はおっちょこちょいな女を好きになってしまったのだろう・・」
ぼそっと呟いた降矢木の言葉に、一瞬月絵の頭の中は真っ白になった。
「せ、先生・・?」
高校の頃からずっと降矢木が好きだった。
街で月絵に声をかけてくる男は数知れなかったが、いくらイケメンでも薄っぺらな男には全く興味が湧かなかった。
「私も・・ずっと、ずっと・・先生が・・」
家で勉強を教えてもらっている時も、降矢木が隣にいるだけで胸が高鳴り、数学の定理など何一つ頭に入らなかった。
今でこそ女好きの冴えない偏屈中年男だが、月絵にとって降矢木は、一生をかけても悔いがない絶対的存在になってしまっていた。
月絵の頬に再び涙が伝った。
「幸せです・・私、ここで死んでもいい」
「馬鹿言うな。僕はこんなところで死ぬわけにはいかない。まだまだ書かなければならない小説が山ほどあるんだ。加えてだ・・コホン、僕等はまだ一度もセックスをしたことがないんだぞ。そのオッパイも吸ったことがない」
月絵は頬が熱く紅差すのが自分でもわかった。
「・・は、はい」
「君は処女のまま、セックスの快楽を知らずに死んで幸せなのか?」
決して美しい愛の告白ではない。
だが月絵は、降矢木らしい飾らぬ普段着の言葉が嬉しかった。
つづく…