小説「懺悔」 第五章・・・
『懺 悔』 紅殻格子
五.
智彦が部屋に引きこもるようになって一ヶ月経った頃、私はふと恐ろしいことに気がつきました。
洗濯機の横に置いてある汚れ物を入れるカゴが荒らされていたのです。
前日の夜、履き替えた下着をカゴの右奥に丸めておいたのですが、
洗濯しようと見ると、ブラジャーとショーツの位置が左奥に変わっていました。
その時は私の記憶違いだと思い直したのですが、次の日も微妙に下着の位置がずれているのです。
私はぞっとしました。
主人がいない我が家には智彦と私しかいません。
であれば、智彦が私の汚れた下着を悪戯しているとしか考えられません。
夜な夜な母親の下着をいじる息子の姿に、私は鳥肌が立つほどのおぞましさを感じました。
怖くなった私は、汚れた下着だけ自分の寝室に隠すようにしました。
ところがそれが智彦の神経を逆撫でしてしまったのです。
軽率だったかもしれません。
何故なら下着を隠してしまうことで、
智彦が下着を悪戯していた秘密をあからさまにしてしまったからです。
ある夕方、スーパーへ買い物に行って帰宅すると、私の寝室が荒らされていたのです。
箪笥の中を引っ掻き回したように、洋服や小物類が部屋中に散乱していました。
最初は泥棒かと警察に通報しようとしましたが、落ち着いて考えると家には智彦がいたはずです。
私ははっとして部屋をよく見回してみました。
するとドレッサーの上に、ちょっと派手な黒のショーツが置いてありました。
私は恐々そのショーツを手に取りました。
その途端、黒のショーツから白濁液がどろりと垂れたのです。
男性の精液です。
見ると、ショーツの陰部が触れる部分に、
乾きかけた精液がべっとりと付着しているではありませんか。
私は恐ろしさのあまり叫び声を上げ、ショーツを放り投げてベッドへ泣き崩れました。
きっと淫乱な母に対する息子の報復です。
いっそのこと殴られた方がどれほど楽でしょう。
優しかった智彦がそこまでするのは、私への恨みが相当深いからに違いありません。
母親失格――智彦はそう私を責めているのです。
社長との不倫で、私が智彦の母であることを放棄したのは事実です。
でもそれは私が愚かだったからです。
許されるのなら罪を購いたい。
智彦の母に戻れるのなら、どんな責め苦も厭いません。
智彦が死ねと言うのなら、喜んで死ぬ覚悟はできています。
しかし智彦は、私を母として決して許そうとしてくれませんでした。
穢れた母の忌まわしい存在を消し去りたいのかもしれません。
そのために智彦は、私をただの淫乱女にしてしまいたいのです。
今の私を女に貶めてしまえば、幼い頃の優しい母の温もりは、
決して傷つけられることなく永遠の輝きを失わないのです。
だから智彦は私をただの女として扱うため、
下着を弄ったりショーツに精液をつけたりしたのです。
母親でありたい。私は智彦と正面から向き合う決心をしました。
でも引きこもった我が子に、なかなか一歩が踏み出せずにいました。
主人が仙台から戻って来ない週末の午前中、
智彦宛に宅急便が届いたのを機に、私は思い切って智彦の部屋をノックしました。
「お願い。智彦、話を聞いて」
ドアを開けて宅急便を受け取る瞬間を狙い、私は強引に部屋へ体を滑らせました。
二ヶ月ぶりに入る智彦の部屋は、床一面に空き缶やスナック菓子の袋、
雑誌が散乱していました。
智彦は私に背を向けて机で宅急便の包装を解き始めました。
「智彦、ママが悪かったわ。もう会社も辞めたし、昔のママに戻るから許して」
「・・・・」
「だからもうママを辱めるようなことはしないで」
ごそごそと荷物を調べる智彦の後ろに立ち、
私は目に涙を浮かべて声を詰まらせながら説得しました。
智彦が振り向きました。その時、ぐっと鳩尾あたりに圧迫感を覚えました。
智彦に殴られたのです。スーッと意識が遠のいていきます。
智彦との思い出が脳裏を過ぎりました。
生まれたばかりの智彦を初めて抱いた瞬間。
悪戯盛りで一時も目が離せなかった頃。
幼稚園のお遊戯会で王子様役をした智彦。
小学校の運動会で一生懸命走る智彦。
智彦・・・・・・智彦・・・・・・智彦
私は幼い頃の智彦を夢見るようにそのまま意識を失いました。
つづく・・・
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