小説 「妄想の仮面」 第七章・・・
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『妄想の仮面』 紅殻格子
七.夫の独白(三)
数日前。
「清川、由美子を誘惑してくれないか?」
会社の帰り、行きつけの居酒屋で私はそう清川に打ち明けた。
口をポカンと開けたまま、清川は私を見ていたが、しばらくすると弾けるように笑い出した。
「田口課長、独身者をからかうのは止めて下さいよ」
「冗談で言っているんじゃない。清川、お前由美子をどう思う?」
真顔の私を見て、清川は笑うのを止めて神妙な面持ちを見せた。
「それは憧れていますよ。美人だし、とても家庭的だし・・」
「家庭的?」
「ええ、結婚するなら、奥さんみたいなタイプがいいですよ。何て言うのかな・・いつも夫を立てて、半歩後ろをついてきてくれるみたいな・・愛美ちゃんを見ていると、母親としても理想的じゃないですか」
私はビールのグラスをあおった。
「女としてはどうだ?」
「えっ、女として・・ですか?」
清川は考え込んだ。
「課長、それは私にはわかりませんよ」
「俺にもわからないんだよ」
「はあ?」
「たぶん、俺は由美子の女を取り戻したいんだと思う」
「・・・・」
一瞬、居酒屋の喧騒が消えたように静かになった。
そもそも結婚とは何か。 結婚とは家族をつくる社会制度である。
それにより男と女は、夫と妻と言う役割を担わされる。そして子供ができると、次は父と母と言うより厳格な立場を背負わされることになる。
特に女性は、男性に比べて社会的なプレッシャーが強い。妻は貞淑であり、夫に従順でなければならない。母に至っては、聖母のイメージ通り、あらゆる欲望を捨てて自己犠牲を強いられる。
それが良妻賢母の正体だろう。
化粧もせず、流行の服を着ることもなく、主婦は家事と育児に明け暮れる。男としてはありがたいが、女の匂いをプンプンさせたクラブのホステスに、欲望を覚えてしまうのも裏腹な事実だ。
(由美子に女であって欲しい)
欲張りなのかもしれない。だが妻として母として満点な由美子に、もう一度心ときめく女を取り戻して欲しい。良妻賢母になろうとして封印した女を、私の前で解き放って欲しいのだ。
むろん今も容姿に不満はない。 だが長年私にしか接していない由美子は、火傷するような女の熱情を忘れてしまっている。私は由美子に、激しく燃え上がる女の恋情を取り戻して欲しいのだ。
つづく・・・
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