小説 「妄想の仮面」 第四章・・・
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『妄想の仮面』 紅殻格子
四.妻の独白(一)
「奥さん、サザンはお好きですか?」
娘を寝かしつけてリビングに戻った私は、ほろ酔い加減に顔を赤めた清川君に尋ねられました。
「結婚前はよく聴いていたわ。こう見えても海が大好きな少女だったのよ」
「・・少女?」
「んもぅ、馬鹿にして。私だって二十年前は初々しい女子高生だったのよ。ああ、湘南の海が懐かしい・・今の女の子みたいに、ハイレグの水着で歩きたいわねえ。きっとたくさんの男達が振り向いて、声をかけてくるんじゃないかしら?」
「ここは湯治場じゃありませんよって」
「もう、また年寄り扱いしてっ!」
清川君はお腹を抱えて笑いました。その屈託のない笑顔に、気難しい主人もつられて笑っています。そんな二人を見て、私も怒るどころか笑ってしまいました。
清川君は主人の部下で、二十五歳になる好青年です。まだ独身のアパート暮らしで、たまには家庭の味が恋しいだろうと、主人が我が家へ連れてきます。
長身でほっそりした体格、整った清潔そうな顔立ち、さぞOL達には人気があるでしょう。性格も明るく、いつもひょうきんな冗談を言って人を笑わせます。
小学校に通う娘の愛美も、清川君が家に来るのを心待ちにしているようです。かく言う私も専業主婦ですので、若い男性と滅多に話す機会などありません。
清川君の来訪を一番楽しみにしているのは、実は私なのかもしれません。 コホンと咳払いして、清川君が鞄から二枚の紙切れを取り出しました。
「ジャ~ン、実はサザンのチケットが手に入ったんです。最近はあまりコンサートをやらないので、これはなかなか貴重なチケットですよ」
「まあ、素敵!」
「いつも手料理をご馳走になっている御礼です。チケットは二枚ありますから、田口課長とご一緒に行って下さい」
私は飛び上がって喜びました。ところが主人は、ワイングラスを傾けながら、興味なさそうに手を左右に振りました。
「あ、俺はダメ。あんなうるさいのは性に合わないんだ。岡晴夫とか藤山一郎ならいいんだけど・・」
「課長・・その人達のコンサートは、あの世でないと行けませんよ」
「そりゃそうだが・・じゃ悪いけど清川、由美子を連れて行ってくれよ。俺は愛美の面倒をみているから・・・」
驚いたことに、亭主関白な主人が留守番役を買って出たのです。
でも私はサザンを断ろうと思いました。 嬉しい清川君からのプレゼントですが、主人と愛美を残して外出などできません。
私には、清川君の気持ちと主人の思い遣りだけで十分でした。
ところが清川君は、そんな私の心中などわかりません。
「いいんですか? 美人の奥さんと二人でデートしても」
「美人だと? 清川、お前一度眼科で診てもらった方がいいぞ」
私は主人を横目で睨みつけました。せっかく主人をちょっぴり見直したのに、そのつまらないオヤジギャグのおかげで、私の感動はすっかり冷めてしまいました。
「清川君、こんなオバサンでも本当にデートしてくれるの?」
「もちろん、光栄です。でも田口課長、コンサートの夜、奥さんを家に帰さないかもしれませんよ」
「ご心配なく。幾晩でもお貸ししますよ」
そんな冗談めかした会話の中、清川君と私のコンサート行きは実現したのです。
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