「禁断の遺伝子」第六章・・・(紅殻格子)
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『禁断の遺伝子』・・・・紅殻格子
六・
車を築地塀の外に停めて周一と月絵は冠気門を潜った。
広い中庭の正面には、漆喰壁で飾られた二階建ての母屋があり、
左手には三棟の蔵、右手には柿の古木が青々とした枝葉を広げている。
月絵は母屋の戸の口を開けて人気のない屋敷に入った。
暗く黴臭い土間に黒光りする大黒柱がそびえている。
土間からうっすらと埃が積もった座敷に上がり、
江戸城の大奥さながら、幾重にも襖で仕切られた部屋を抜けて奥の仏間へ進んだ。
仏壇を前に二人は手を合わせた。
供えられた位牌と写真はまだ新しい。
線香の煙が棚引く仏間で、周一は月絵の背中を静かに見守った。
月絵の父、古谷野孝蔵が、心筋梗塞で亡くなったのは先週のことである。
享年七十三歳。庭にある柿の木の下で倒れているところを、
翌日お手伝いの老婆に発見された。一人暮らしの孤独な死だった。
月絵の母、静子はすでに八年前、五十二歳の若さで他界していた。
静子は孝蔵の後妻で、年が十三も離れていた。
月絵は静子との間の子で、病弱だった先妻との間に子はなかった。
周一と月絵は、先週の葬儀に引き続き、
遺品を整理するためにこの家を泊りがけで訪れたのだ。
周一は黒光りする太い柱を叩いた。
「これだけの古民家は貴重だよ」
大正初期に建てられたと言う古谷野家は、優に築九十年以上が経っている。
「そうかしら? 田舎へ行けばこんな家いくらでもあるわ」
月絵はにべも無く言った。孝蔵の死後、
無人となったこの家をどうするか、夫婦の意見は食い違っていた。
「お前が生まれ育った家だろう。
このまま残して別荘代わりに使ってもいいじゃないか」
「いいえ、残しても仕方ないでしょう。家も家財もきれいさっぱり処分します」
周一は首を傾げた。
本来なら月絵の方が家に執着するところだ。
だが月絵には全く未練がなかった。
それどころか、早くこの家から解放されたいような口ぶりだった。
(いくら親子仲が悪いと言っても・・)
続く・・・