「禁断の遺伝子」第五章・・・(紅殻格子)
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『禁断の遺伝子』・・・・紅殻格子
五・
月絵は古谷野家の一人娘である。
古から庄屋として集落に君臨してきた古谷野家は、
今なおこの山奥で隠然たる力を保っているようだった。
いかに世の中が変わろうと、隔絶されたこの集落では、
江戸時代の主従関係が生き続けているらしい。
店から出てきた月絵は、荷物を後部座席に置いて助手席に乗り込んだ。
「さあ、行きましょう」
肩まである黒髪を薙いで雨粒を払うと、月絵は凛とした声でそう周一に命じた。
着物が似合いそうな細面に切れ長の瞳、
すっと通った鼻梁と控え目な口許――
若い頃地味に見えた和風の顔立ちは、三十八歳を迎えた今になって、
しっとりと落ち着いた女の美しさを醸し始めている。
周一は月絵の横顔をしばし見惚れた。
(まるで別人のようだ・・)
普段生活する神戸のマンションで、家事に追われる専業主婦の顔ではなかった。
ここ檜原へ戻った途端、見飽きたはずの古女房の顔に、
お姫様らしい気品と気高さが具わって見えた。
だが周一と月絵は危機を迎えている。
結婚十五年。部活があるので周一の親元に預けてきたが、
一人息子の公一はもう中学二年になる。
だが一度冷めてしまった感情は二度と蘇ることなく、
二人は公一のために仮面夫婦を演じ続けてきた。
それも周一に玲子と言う愛人ができ、深夜の帰宅が増えるに連れて、
修復不可能な亀裂は深まりつつあった。
月絵はややヒステリックに声を荒げた。
「あなた、早く車を出して」
「あ、ああ」
ぼんやりとしていた周一は、月絵に注意されてアクセルを慌てて踏んだ。
急発進した車は水溜りを跳ね上げ、
狭い農道の奥に佇む古谷野家へと向かった。
続く・・・