「禁断の遺伝子」第四章・・・(紅殻格子)
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『禁断の遺伝子』・・・・紅殻格子
四・
しとしとと雨が降り続いている。
川沿いに続く道を遡ると、田植えを終えた広々とした田園風景が、
いつしか深い山里の風景へと移り変わっていく。
県道を外れて対向車もない林道に入ると、川幅は渓流ほどに狭まり、
昼なお暗い鬱蒼とした森林がしばらく続く。
濃緑の迷路に飽き始めた頃、忽然と目の前が開けて小さな谷地に集落が現れた。
兵庫県北部の山里、檜原集落。
周一は、車のワイパーを間歇から連続へと切り替えた。
梅雨空からは、頻りに細かい雨が降り続き、折り重なる山々が白く濁っている。
(まるで横溝正史が書いた小説の世界だ)
深山に囲まれた鍋底状の土地に、点在する三十戸ほどの家々が、
澱のようにどんよりと沈んで見えた。
猫の額ほどの平地に水田が開かれ、切妻造りの古めかしい山家が、
そぼ降る雨で暗い灰色に霞んでいる。
その集落の正面奥には小高い丘があり、
白壁に囲まれた一際大きな屋敷が建っていた。
古谷野家。
周囲の家々を睥睨するように建つ屋敷は、黒光りする瓦を載せ、
まるで城砦のような厳しさを具えていた。
敷地内には、本邸とは別に蔵が三つ建てられ、
その権勢を周囲にひけらかしているようにも見えた。
周一の運転する車が、古びたガラス戸を閉ざした万屋へさしかかった時、
助手席に座っていた妻の月絵が声をかけた。
「ちょっと停めて。町で買い忘れたものがあるから」
周一は万屋から少し離れたバス停に車を停めた。
ここが山奥の終着駅だった。
錆びついた鉄板には、朝二便、夕二便しかないバスの時刻が書かれていた。
月絵は車のドアを開けると、白いワンピースの裾をはためかせて店へ入って行った。
「これは、お嬢様」
店の老婆らしい声が、雨音に掻き消されながらも聞こえてきた。
周一は胸のポケットから煙草を取り出すと、僅かに車の窓を開けて火をつけた。
続く・・・