『人外境の花嫁』十.暗黒の救済者(九)
十.暗黒の救済者 (九)
祭壇中央にある双身の歓喜天を降矢木は指差した。
「歓喜天を乱交の象徴として使うのも面白いアイデアです」
天台宗や真言宗の密教において、歓喜天は大日如来などの化身とされている。
その根源はヒンドゥー教のガネーシャ神であり、元来は除災除厄と財運をもたらす神だった。
出家して悟りを啓くことを眼目とした初期インド仏教は、大乗仏教を経て大衆化し、台頭するヒンドゥー教に浸食されて密教へと変質していった。
「インドの後期仏教は、人気のあるヒンドゥー教の神を取り込み、タントラやシャクティと言った性的な秘密行為に傾倒して凋落して行ったのです」
だから密教を伝えた最澄にしても空海にしても、オカルト化し始めた仏教をさも有難く伝えたに過ぎないと降矢木は言う。
乱裁は無言で聞いている。
「そんな時代に日本へ渡って来たのが歓喜天です。
愚かな大衆が自分の意志で煩悩を滅することなどできない。
ならば逆に煩悩を叶えさせることで、無欲な仏の悟りに近づけてやろうとしたわけです。
それが仏教で言う現世利益と言うインチキです」
むろん歓喜天には夫婦和合の御利益もあるが、それは双身像から日本人が抱いた妄想に過ぎない。
「宗教の偶像などいい加減なものですが、あなたは性が持つ呪力を共同体の結束を強めるために使ったのでしょうね」
人の道に外れたタブーを犯すことで、異界の居住者の結束力と忠誠心を高めようとしたのだろうと降矢木は指摘した。
つづく…
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紅殻格子の日記は「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に記載しています。
theme : 官能小説・エロノベル
genre : アダルト