小説 「夜香木」 第六章・・・
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「夜香木」 紅殻格子
六.
和夫はその後をひとりで歩きながら、見慣れない熱帯植物と二人の様子を代わる代わる眺めた。
(美佐江に熱帯植物の趣味があっただろうか?)
和夫は首を傾げながら、濃緑の森の中へ消えていく二人を追った。
「まあ、色とりどりの花・・・これはハイビスカスかしら?」
「ええその通りです。こちらの赤い花はブーゲンビリア。
この日本の藤にも似た黄色の花はナンパンサイカチ。
あそこの濃い紫色の花はコダチヤハズカズラ。そこのオレンジと青紫色の花は極楽鳥花です・・・ほら鳥の形に似ているでしょ」
温室の中央には小さな池があり、密林の中でそこだけが広場になっていた。
「これは・・・」
赤・黄・紫・橙・桃―ありとあらゆる色の花が咲き乱れている。
その熱帯独特の妥協を許さない原色の花弁、そして甘酸っぱいような芳香に和夫は目眩を覚えた。
「その池に浮かんでいるのが、有名なオオオニバスです」
静かな池の水面には、大きな緑のお盆のような葉が浮いている。
「本当に見事な温室ですな」
和夫は異国の幻想的な雰囲気に圧倒され、傍らに置かれているベンチに座り込んだ。
「いえ、インドネシアのボゴール植物園に比べたら、玩具みたいなものです」
少年は少しはにかんで俯いた。
この濃厚な植物群の中、淡い少年の表情を見て、和夫はいくらか安堵した。
「あの花は何ですか?」
和夫と少年の会話を断ち切るように、美佐江は温室の隅に植えられた小さな白い花を指差した。
「あれは夜香木です。熱帯アメリカ原産で、フィリピンでは『夜の貴婦人』と呼ばれています。花の匂いを嗅いでみて下さい」
美佐江はその小さな筒状の花房に、背伸びして顔を近づけた。
「あれ?全然香りがしないわ」
と言った途端、美佐江は足元のバランスを崩して、少年に凭れかかった。
咄嗟に少年が美佐江の体を庇って強く抱き寄せる。
白いブラウスに豊かな起状をつくり出している乳房が、少年の胸に押し当てられてひしゃげた。
「あっ・・・ご、ごめんなさい・・・」
美佐江は顔を真赤に上気させた。
少年も頬を赤らめたが、すぐに平静を装った。
「ええ、この花はその名の通り、昼間全く香りませんが、夜になると甘い香りを放つのです」
美佐江は少年の胸から慌てて離れると、よそよそしく夜香木を改めて見入った。
「よ、夜だけ花の香りがするなんて、不思議な花ね・・・「夜の貴婦人」・・・どんな香りがするのかしら・・・」
少年はもじもじしながら、小さな声で呟くように言った。
「宜しかったら・・・あの、また、ご主人と・・・夜に来ていただければ・・・」
美佐江はうっとりとした表情で、白い花房を飽きることなく見つめていた。
つづく・・・