小説 「夜香木」 第四章・・・
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「夜香木」 紅殻格子
四・
松林の中、一本の小道が岬の先端へと続いている。
岬の中ほどの小高い丘を登ると、群青色の海が開けた。
「わあ、海がきれい!」
妻の美佐江は子供のようにはしゃいだ。
「岬の先は私有地みたいだな」
金山和夫は小道の先を指差した。
岬の小道は丘を下ると、鉄製の白塗りの門に通じていた。
生け垣で区切られたその先は、岬の突端まで一面の芝生が広がっている。
「あなたの言った通り温室だわ」
広大な芝生の上には、レンガ造りの瀟洒な洋館と、植物園にも引けを取らない巨大な温室が建っていた。
和夫と美佐江は丘を下ると、門の前まで歩いてきた。
背丈ほどの門扉の向こうに、陽射しに輝く温室の屋根が見える。
「きっと大富豪の別荘か何かよ。上には上があるものね」
美佐江はため息をついた。
「温室つきの別荘ってのも珍しいな。植物の手入れは毎日欠かせないだろうに・・・」
「たぶん住み込みの管理人がいるのよ。でもどんな花が咲いているのか、ちょっと中を見せてもらいたいわね」
その時、思いがけなく門扉が開くと、ひとりの少年が現れた。
年の頃は十五・六ぐらいだろうか、まだあどけなさの残る顔立ちをしている。
長い睫毛に覆われた愛らしい瞳、すっと通った鼻筋、ほんのり紅い薄目の口唇、そして透き通るような白い肌。
少年はまるで隠花植物のような密やかな微笑みを、その美しい白面に湛えていた。
「済みません。私有地とは知らなかったもので」
和夫は自分の子供ほどの年の少年に、ペコペコと頭を下げた。
どこか高貴な威厳を漂わせる美少年を前にして、和夫は無意識に卑屈な態度をとっていた。
「別に構いませんよ。宜しかったら温室をご覧になりますか?」
少年は期待を裏切らない澄んだ声で、貴族のような上品な話し方をした。
「ぜ、是非お願いします!」
美佐江は甲高い声で答えた。
つづく・・・