小説 「夜香木」 第三章・・・
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「夜香木」 紅殻格子
三・
和夫は半歩遅れてついてくる美佐江を、ちらりと振り返って見た。
和夫は三十歳の時、二十二歳の美佐江とお見合い結婚した。
年若いにもかかわらず、しっかりとした性格と落ち着いた物腰の美佐江に和夫は魅かれた。
魅かれたと言うよりも、会社人間の和夫には、家庭を託するにぴったりの女性に思えた。
美佐江はその期待通り、仕事中心で家庭を顧みない夫に文句も言わず、約二十年立派に切り盛りしてくれた。
息子もほとんど妻ひとりで育てあげ、今は親元を離れて関西の大学に通っている。
世の中の価値観が変わり、女性が社会的にも経済的にも強くなり、熟年離婚が増えてきている。
会社人生に見切りをつけた和夫にとっても、それは切実な問題だった。
この別荘を買ったのも、家庭をほったらかしにしてきた和夫自身の贖罪と、妻への償いの気持ちが込められていた。
(これからの残された人生は、美佐江と二人三脚で歩いていくんだ)
岩場をおぼつかない足取りで歩く美佐江に目を遣りながら、密かに和夫は心の中で呟いた。
つづく・・・