二十三夜待ち 第二十章
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蝉の声がけたたましい。
小鶴の息子は、月讀神社の眼前に広がるゴルフ場に目を遣り、退屈そうに軽くクラブを素振りする動作をして見せた。
「なかなかいいゴルフ場だね」
「ここは一面、薄の野原だったんじゃ」
小鶴は吐き捨てるように言うと、暫し真昼に遠き昔の夢を見た。
二十三夜の青白い月明かりの下、執拗に睦み合う千代と清一の姿は、まるで雌雄の龍が絡み合う神聖な営みに見えた。
月光を遮る木々の葉影が、月に照らされた二人の肌に模様を描き、縄文人が施した刺青のように妖しく隈取っていた。
遠く月讀神社から、呪文にも似た女達の念仏が聞こえてくる。
「南無、二十三夜様」
「南無、二十三夜様」
「南無、二十三夜俗諦勢至菩薩」
「南無、二十三夜俗諦勢至菩薩」
陰暦二十三日の夜、月待ちをすれば願い事が叶うとされていた。
だが千代と清一の願いは叶わなかった。
否、あの戦争の時代、二人は駆け落ちしてまで一緒になろうとは思わなかったに違いない。
生きるだけで精一杯だったからだ。
せめて二十三夜だけでも、二人で過ごせる時間が与えられることを感謝していたのかもしれない。
(酷い時代だった)
あれほど才色兼備だった千代が、画家として大成したかもしれない清一が、人生を最期まで全うすることなく命を絶った。
時代と境遇を怨みながら、花火のように持てる命を刹那の逢瀬に輝かせたのだ。
それが千代と清一にできる生の成就であり、暗い世相への抵抗だったのかもしれない。
清一が描いた天女の下で千代が縊死したのも、人間が生来持つ愛を貫けない時代や境遇に対する無言の抗議だったのかもしれない。
続く…
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