二十三夜待ち 第二十一章
二十三夜待ち 第二十一章
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その半年後、四年間続いた太平洋戦争は敗戦を迎え、マッカーサー司令官が厚木に降り立った時、この国は羞恥心の欠片もないほど変節してしまった。
それは山奥に位置する月海集落とて例外ではなかった。
名主だった睦沢家は農地解放によって没落し、和馬と千代との間にできた娘は、月海集落を離れて東京へ転居したと聞く。
睦沢家も華族も、巨大な財閥にしても、別に悪いことをしたわけではない。
ただ、あの八月十五日を境に時代が変わっただけなのだ。
だが人の心根は変わらない。
「南無、二十三夜様」
「南無、二十三夜俗諦勢至菩薩」
暗い灰色の時代、二十三夜に集う女達が深夜密かに祈ったのは、決して日本が戦争に勝つことではなく、亭主や子供、そして家族が幸せに暮らせることだった。
ほんのり薄紅をさした女心。
女達が解放される夜。
未通娘だった小鶴にはわからなかったが、夜も更けると、若い女達は村の男衆の噂話に花を咲かせ、女房衆は夫との閨を自慢し合って騒いだのではないか。
夫を戦地へ送った女房は、その無事をただただ月に祈っていたのではないか。
戦時下にあっても、人を愛する心は変わらない。
だが小鶴が寛三に抱かれたのは、千代の後押しがあったからだけではなく、昭和三十一年という自由が許される時代だったことも無縁ではなかろう。
小鶴は谷上正一に離縁を告げた。
あれほど小鶴を邪魔者扱いしていた谷上家だったが、労働力を失うことを恐れて掌を返したように遺留した。
「私は家畜じゃありません」
そう吐き捨てて、小鶴は家を飛び出して寛三のアパートへ転がり込んだ。
続く…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
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それは山奥に位置する月海集落とて例外ではなかった。
名主だった睦沢家は農地解放によって没落し、和馬と千代との間にできた娘は、月海集落を離れて東京へ転居したと聞く。
睦沢家も華族も、巨大な財閥にしても、別に悪いことをしたわけではない。
ただ、あの八月十五日を境に時代が変わっただけなのだ。
だが人の心根は変わらない。
「南無、二十三夜様」
「南無、二十三夜俗諦勢至菩薩」
暗い灰色の時代、二十三夜に集う女達が深夜密かに祈ったのは、決して日本が戦争に勝つことではなく、亭主や子供、そして家族が幸せに暮らせることだった。
ほんのり薄紅をさした女心。
女達が解放される夜。
未通娘だった小鶴にはわからなかったが、夜も更けると、若い女達は村の男衆の噂話に花を咲かせ、女房衆は夫との閨を自慢し合って騒いだのではないか。
夫を戦地へ送った女房は、その無事をただただ月に祈っていたのではないか。
戦時下にあっても、人を愛する心は変わらない。
だが小鶴が寛三に抱かれたのは、千代の後押しがあったからだけではなく、昭和三十一年という自由が許される時代だったことも無縁ではなかろう。
小鶴は谷上正一に離縁を告げた。
あれほど小鶴を邪魔者扱いしていた谷上家だったが、労働力を失うことを恐れて掌を返したように遺留した。
「私は家畜じゃありません」
そう吐き捨てて、小鶴は家を飛び出して寛三のアパートへ転がり込んだ。
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