『妻の娼婦像』 第三章
『妻の娼婦像』
FC2 Blog Ranking
(三)
敬一は食事と風呂を済ませ、リビングダイニングのソファに座ってテレビの電源を入れた。
「もう翔太は寝たのか?」
カウンターキッチンの椅子に座って子供の宿題に目を通している妻の晶子に声をかけた。
「ええ」
晶子は夫の問いかけに頭も上げず、そっけない返事をした。
敬一はぐっと缶ビールを呷り、煙草に火をつけた。
専業主婦の晶子は、一人息子の翔太の教育に余念がない。
今年七歳になる翔太は、大学まで一貫教育の有名小学校に通っている。
幼稚園から塾へ通い、難関を突破して入学した翔太を晶子は溺愛していた。
「今日の会社訪問はどうだったの?」
翔太の算数の計算問題をチェックしながら晶子が尋ねた。
「…感触は良くなかったよ」
敬一は口籠った。
リストラ以降、毎日のように繰り返される忌まわしい尋問の始まりだった。
「また駄目だったの」
晶子はふうっとため息をつき、やっとまともに、帰宅した夫の顔を見た。
その目は明らかに夫を軽蔑していた。
「あなた、いつまでも失業保険と僅かな退職金では暮らせないのよ。翔太の学費とこの家のローンだけでも、いくらかかると思っているの?」
「わかってる。しかし条件のいい再就職先となると、なかなか難しいんだ」
敬一は煙草を灰皿で揉み消した。
リストラの標的は圧倒的に中高年が多い。
理由は簡単だ。
若者より行動力が劣るわりに給料が高いからである。
確かに仕事への意欲を失ってしまった人間もいるし、新しい会社制度に適応しにくい人間もいるだろう。
しかし昭和四十年後期から五十年代の低成長時代に会社を支えてきたのは、今の中高年層に他ならない。
会社はその功績を無視し、過去の経験を切り捨てようとしているのだ。
リストラの影響はそれだけではない。
リストラされる中高年を目の当たりにした若者たちは、会社への信用と忠誠心を失うだろう。
大袈裟に言えば、日本を支えてきた勤勉な国民性は、ここに終焉を迎えようとしているのだ。
更に中高年のリストラが悲惨なのは、住宅費と教育費の捻出といった、家庭が最も金を必要とする時に収入を断たれることにある。
リストラされたから子供に学校を辞めろとは言えないし、住むところがないでは済まされない。
事実、私立学校を退学しなければならない生徒が増えているし、折角購入した家を手離さなければならない人もいると聞く。
まさにリストラは人生半ばの大厄である。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
FC2 Blog Ranking
(三)
敬一は食事と風呂を済ませ、リビングダイニングのソファに座ってテレビの電源を入れた。
「もう翔太は寝たのか?」
カウンターキッチンの椅子に座って子供の宿題に目を通している妻の晶子に声をかけた。
「ええ」
晶子は夫の問いかけに頭も上げず、そっけない返事をした。
敬一はぐっと缶ビールを呷り、煙草に火をつけた。
専業主婦の晶子は、一人息子の翔太の教育に余念がない。
今年七歳になる翔太は、大学まで一貫教育の有名小学校に通っている。
幼稚園から塾へ通い、難関を突破して入学した翔太を晶子は溺愛していた。
「今日の会社訪問はどうだったの?」
翔太の算数の計算問題をチェックしながら晶子が尋ねた。
「…感触は良くなかったよ」
敬一は口籠った。
リストラ以降、毎日のように繰り返される忌まわしい尋問の始まりだった。
「また駄目だったの」
晶子はふうっとため息をつき、やっとまともに、帰宅した夫の顔を見た。
その目は明らかに夫を軽蔑していた。
「あなた、いつまでも失業保険と僅かな退職金では暮らせないのよ。翔太の学費とこの家のローンだけでも、いくらかかると思っているの?」
「わかってる。しかし条件のいい再就職先となると、なかなか難しいんだ」
敬一は煙草を灰皿で揉み消した。
リストラの標的は圧倒的に中高年が多い。
理由は簡単だ。
若者より行動力が劣るわりに給料が高いからである。
確かに仕事への意欲を失ってしまった人間もいるし、新しい会社制度に適応しにくい人間もいるだろう。
しかし昭和四十年後期から五十年代の低成長時代に会社を支えてきたのは、今の中高年層に他ならない。
会社はその功績を無視し、過去の経験を切り捨てようとしているのだ。
リストラの影響はそれだけではない。
リストラされる中高年を目の当たりにした若者たちは、会社への信用と忠誠心を失うだろう。
大袈裟に言えば、日本を支えてきた勤勉な国民性は、ここに終焉を迎えようとしているのだ。
更に中高年のリストラが悲惨なのは、住宅費と教育費の捻出といった、家庭が最も金を必要とする時に収入を断たれることにある。
リストラされたから子供に学校を辞めろとは言えないし、住むところがないでは済まされない。
事実、私立学校を退学しなければならない生徒が増えているし、折角購入した家を手離さなければならない人もいると聞く。
まさにリストラは人生半ばの大厄である。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る