『妻の娼婦像』 第二章
『妻の娼婦像』
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(二)
敬一は大手食品メーカーに勤務していた。
御多分に漏れずバブル経済の崩壊後、会社の業績は低迷していた。
しかし世界的にも名が通った大企業であり、景気さえ回復すればと高を括っていた。
ところが打開策として始めた新規事業への参入が命取りとなった。
新規事業のコスト増により、本業までが赤字に陥ったのだ。
経営陣は秘密裏に画策して、新規事業を外資系メーカーに売却するという荒治療に出た。
誰もが寝耳に水だった。
新規事業部の経理課の課長職にあった敬一も、プレス発表当日まで身売り話を全く知らずにいた。
動揺する社内は外資系の影に覆われ、雰囲気が一変した。
経営効率の改善が最優先課題となり、コスト削減が社命として下された。
企業における最大のコストは人件費である。
大幅な人員削減が発表された。
特に敬一が所属する経理のような間接部門は、真っ先に合理化の対象として目をつけられた。
会社の非情さを二十年めにして思い知らされたのである。
敬一はバスを降りると、街灯も疎らな暗い坂道を登り始めた。
雨は上がっていたが、夜道には湿った土の匂いが立ち籠めている。
まだ雑木林と畑が多く残る新興住宅地は、白い靄に包まれ深閑としていた。
敬一は息を切らせながら坂を登った。
四十歳を過ぎて体力の衰えを痛切に感じた。
悲鳴をあげる肉体が、会社への恨みつらみを一層掻き立てた。
(過去を恨んでも仕方がないか…それより一刻も早く再就職先を探さないと)
それが敬一の最大の課題だった。
しかし何の成果も得られないまま、今夜もこうして我が家の玄関まで戻って来た。
敬一は自宅の前で立ち止まった。
僅か三十坪ほどの小さな一戸建てである。
窓から漏れる明かりを見て、家族を守らなければという思いにかられた。
しかし今の敬一はその力を失っていた。
何処かへ逃げ出したい衝動に駆られながら、敬一は大きく深呼吸をしてチャイムを押した。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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敬一は大手食品メーカーに勤務していた。
御多分に漏れずバブル経済の崩壊後、会社の業績は低迷していた。
しかし世界的にも名が通った大企業であり、景気さえ回復すればと高を括っていた。
ところが打開策として始めた新規事業への参入が命取りとなった。
新規事業のコスト増により、本業までが赤字に陥ったのだ。
経営陣は秘密裏に画策して、新規事業を外資系メーカーに売却するという荒治療に出た。
誰もが寝耳に水だった。
新規事業部の経理課の課長職にあった敬一も、プレス発表当日まで身売り話を全く知らずにいた。
動揺する社内は外資系の影に覆われ、雰囲気が一変した。
経営効率の改善が最優先課題となり、コスト削減が社命として下された。
企業における最大のコストは人件費である。
大幅な人員削減が発表された。
特に敬一が所属する経理のような間接部門は、真っ先に合理化の対象として目をつけられた。
会社の非情さを二十年めにして思い知らされたのである。
敬一はバスを降りると、街灯も疎らな暗い坂道を登り始めた。
雨は上がっていたが、夜道には湿った土の匂いが立ち籠めている。
まだ雑木林と畑が多く残る新興住宅地は、白い靄に包まれ深閑としていた。
敬一は息を切らせながら坂を登った。
四十歳を過ぎて体力の衰えを痛切に感じた。
悲鳴をあげる肉体が、会社への恨みつらみを一層掻き立てた。
(過去を恨んでも仕方がないか…それより一刻も早く再就職先を探さないと)
それが敬一の最大の課題だった。
しかし何の成果も得られないまま、今夜もこうして我が家の玄関まで戻って来た。
敬一は自宅の前で立ち止まった。
僅か三十坪ほどの小さな一戸建てである。
窓から漏れる明かりを見て、家族を守らなければという思いにかられた。
しかし今の敬一はその力を失っていた。
何処かへ逃げ出したい衝動に駆られながら、敬一は大きく深呼吸をしてチャイムを押した。
つづく…
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