『姦 計』 第七章
『姦 計』
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(七)
中華街、元町、山手、みなとみらい。
観光地ばかりに目を奪われやすいが、古くから港湾都市として栄えてきた横浜は、夜ともなれば、歓楽街の賑やかなネオンが巷を目映いばかりに彩る。
その歓楽街の中心は歌で有名な伊勢佐木町あたりで、JRの関内駅周辺には、接待に使う高級クラブやスナックが密集している。
中でも関内の『倶楽部マリ』は、横浜でも指折りの格式を持つクラブで、地元企業の社長や大企業の横浜支社長クラスが接待に用いる店である。
豪華な内装でありながら、クラッシックな落ち着きを醸し出す店内で、選り抜きの美女に囲まれた片倉は静かにグラスを傾けていた。
「へえ、片倉さんがこんなにいい店に連れてきてくれるとは思いませんでしたよ」
隣に侍る美しいホステスの長い髪を弄りながら、松村文彦は満足げな笑みを浮かべた。
松村は横浜にある私立病院に勤務する薬剤師である。
まだ二十八歳という若さだが、病院長の次男で、将来は薬剤部長として病院を経営する立場にあった。
この病院は今片倉の部下に任せてあるが、以前は彼自身も担当していたことがあった。
普通若い一薬剤師如きは製薬メーカーも相手にしないが、病院長の子息ということで、片倉は医者並みの扱いをして今も親交を持っていた。
親交を持つと言えば聞こえはいいが、典型的な金持ちの道楽息子で、無類の女好きの松村は、父親である院長の威厳を利用し、製薬メーカーに遊びの金の面倒を見させていた。
しかも松村は女にもてた。
天は二物を与えずと言うが、松村は生まれつきの資産家であると共に、二枚目俳優も避けて通るほどの甘いマスクをしていた。
男の取り扱いに慣れたこの店のホステスですら、先ほどから商売を忘れてうっとりと寄り添っている。
病院でも松村が薬局窓口で薬を渡す日は、待合室が女性たちで溢れ返った。
噂では病院の看護婦は元より、好みが合えば患者にも手を出していると言われていた。
片倉はグラスをテーブルに置き、ホステスに煙草の火をつけさせた。
「実は松ちゃんに頼みがあるんだ」
「頼み?」
松村は一瞬不思議そうな顔をしたが、
「何言っているの、片倉さん。散々夜の街を暴れ回った仲なのに水臭いじゃない」
と、ニヤリと笑ってホステスの方を抱いたが、
「少し席を外してくれないか」と片倉が人払いすると、さすがの松村も真顔に戻らざるを得なかった。
「そんなに大変なことなの?片倉さん」
「いや、松ちゃんには朝飯前のことだよ。実は一人の女を落として欲しいんだ」
松村はごくりと唾を飲み込んだ。
いくら松村が女好きだと言っても、人から頼まれて女を口説いたことはないだろう。
「相手は松ちゃんの病院に出入りしている臨床検査会社の社員で、梅野友紀という女だ」
「…梅野?」
松村の顔が少し歪んだ。
「ああ、松ちゃんが得意とする人妻だよ」
片倉はそう言うと、煙草の火を灰皿で押し消した。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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中華街、元町、山手、みなとみらい。
観光地ばかりに目を奪われやすいが、古くから港湾都市として栄えてきた横浜は、夜ともなれば、歓楽街の賑やかなネオンが巷を目映いばかりに彩る。
その歓楽街の中心は歌で有名な伊勢佐木町あたりで、JRの関内駅周辺には、接待に使う高級クラブやスナックが密集している。
中でも関内の『倶楽部マリ』は、横浜でも指折りの格式を持つクラブで、地元企業の社長や大企業の横浜支社長クラスが接待に用いる店である。
豪華な内装でありながら、クラッシックな落ち着きを醸し出す店内で、選り抜きの美女に囲まれた片倉は静かにグラスを傾けていた。
「へえ、片倉さんがこんなにいい店に連れてきてくれるとは思いませんでしたよ」
隣に侍る美しいホステスの長い髪を弄りながら、松村文彦は満足げな笑みを浮かべた。
松村は横浜にある私立病院に勤務する薬剤師である。
まだ二十八歳という若さだが、病院長の次男で、将来は薬剤部長として病院を経営する立場にあった。
この病院は今片倉の部下に任せてあるが、以前は彼自身も担当していたことがあった。
普通若い一薬剤師如きは製薬メーカーも相手にしないが、病院長の子息ということで、片倉は医者並みの扱いをして今も親交を持っていた。
親交を持つと言えば聞こえはいいが、典型的な金持ちの道楽息子で、無類の女好きの松村は、父親である院長の威厳を利用し、製薬メーカーに遊びの金の面倒を見させていた。
しかも松村は女にもてた。
天は二物を与えずと言うが、松村は生まれつきの資産家であると共に、二枚目俳優も避けて通るほどの甘いマスクをしていた。
男の取り扱いに慣れたこの店のホステスですら、先ほどから商売を忘れてうっとりと寄り添っている。
病院でも松村が薬局窓口で薬を渡す日は、待合室が女性たちで溢れ返った。
噂では病院の看護婦は元より、好みが合えば患者にも手を出していると言われていた。
片倉はグラスをテーブルに置き、ホステスに煙草の火をつけさせた。
「実は松ちゃんに頼みがあるんだ」
「頼み?」
松村は一瞬不思議そうな顔をしたが、
「何言っているの、片倉さん。散々夜の街を暴れ回った仲なのに水臭いじゃない」
と、ニヤリと笑ってホステスの方を抱いたが、
「少し席を外してくれないか」と片倉が人払いすると、さすがの松村も真顔に戻らざるを得なかった。
「そんなに大変なことなの?片倉さん」
「いや、松ちゃんには朝飯前のことだよ。実は一人の女を落として欲しいんだ」
松村はごくりと唾を飲み込んだ。
いくら松村が女好きだと言っても、人から頼まれて女を口説いたことはないだろう。
「相手は松ちゃんの病院に出入りしている臨床検査会社の社員で、梅野友紀という女だ」
「…梅野?」
松村の顔が少し歪んだ。
「ああ、松ちゃんが得意とする人妻だよ」
片倉はそう言うと、煙草の火を灰皿で押し消した。
つづく…
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