『捨 て 犬』 第九章
『捨 て 犬』
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(九)
九〇九号室。
落ち着いた色合いの絨毯が敷き詰められた廊下の奥に、そのプレートが掛けられた部屋があった。
薄暗い照明の下、梅原はドアの前に佇んでしばらく中の様子を窺ってみた。
だがさすがに一流ホテルだけあって、中からは物音ひとつ漏れてこない。
(俺はもう会社を辞めるんだ。何があったとしても、誰にも迷惑をかけることはない)
ややもすれば、鬼婆女医の英子に怯みそうな心を、梅原は懸命に奮い立たせた。
しかしその励ましは諸刃の剣で、同時に梅原の心の傷をより深々と抉った。
(別に俺がどうなったとしても、誰も困りはしないだろうしな…)
会社には梅原に代わる人材など掃いて捨てるほどいる。
二十五年間連れ添った妻にしても、保険金さえは入れば、むしろ梅原がいない方が楽だと喜ぶに違いない。
梅原は路地裏で行き倒れた捨て犬のような心境で、投げ遣りに部屋のベルを押した。
重厚なドアが開き、英子がその隙間から顔を出した。
シンポジウム会場で見た時と変わらない、美しい化粧を施した英子だった。
「うっ……!」
ワイングラスを片手に立つ英子の姿に目が釘づけになった。
「入りなさい」
梅原の動揺を小馬鹿にするような物言いは、いつも診察室で聞いている命令口調そのものだった。
英子はバスローブをまとっただけの姿だった。
厚手の記事の上からでもわかるほどの、ふくよかに迫り出した胸元と尻は、完熟した人妻らしいボディラインを描いていた。
その上、バスから出たばかりらしく、短めな裾から覗くむっちりとした太腿が、桜色に火照って艶めかしい。
戸惑いを隠せない梅原に、英子はワイングラスを高々と揚げて見せた。
「よく来たわね、暴力MRさん」
その皮肉たっぷりな言葉で、ロマンチックな熟女への妄想は一気に霧散した。
「何かご用ですか?先生」
梅原は冷静さを取り戻すと、執事のような丁重さで女王様に尋ねた。
英子は赤ワインで口唇を濡らし、優雅に含み笑いをした。
「会社を辞めるらしいわね」
「…ええ、理由はどうあれ、先生に手をあげたことを反省しています。男としてけじめをつけることにしました」
英子は背を向けて、窓に反射して映る梅原に問いかけた。
「でも再就職先はあるのかしら?」
「…それはこの先考えます」
「あなた、確かもう五十歳でしょう。その年でこの厳しい時代に、再就職先なんて簡単に見つかるの?」
「……」
英子はワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりと梅原に歩み寄ってきた。
「ふふ、図星だったみたいね。実はあの雪の日、あなたが帰ったすぐ後、おたくの支店長に電話したの。あなたを辞めさせなければ、今後新東京薬品の薬は一切使用しないし、今日のシンポジウムも欠席するってね。そうしたらおたくの支店長、すぐ梅原を辞めさせますって約束してくれたわ」
「な、何故そんなことを…」
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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落ち着いた色合いの絨毯が敷き詰められた廊下の奥に、そのプレートが掛けられた部屋があった。
薄暗い照明の下、梅原はドアの前に佇んでしばらく中の様子を窺ってみた。
だがさすがに一流ホテルだけあって、中からは物音ひとつ漏れてこない。
(俺はもう会社を辞めるんだ。何があったとしても、誰にも迷惑をかけることはない)
ややもすれば、鬼婆女医の英子に怯みそうな心を、梅原は懸命に奮い立たせた。
しかしその励ましは諸刃の剣で、同時に梅原の心の傷をより深々と抉った。
(別に俺がどうなったとしても、誰も困りはしないだろうしな…)
会社には梅原に代わる人材など掃いて捨てるほどいる。
二十五年間連れ添った妻にしても、保険金さえは入れば、むしろ梅原がいない方が楽だと喜ぶに違いない。
梅原は路地裏で行き倒れた捨て犬のような心境で、投げ遣りに部屋のベルを押した。
重厚なドアが開き、英子がその隙間から顔を出した。
シンポジウム会場で見た時と変わらない、美しい化粧を施した英子だった。
「うっ……!」
ワイングラスを片手に立つ英子の姿に目が釘づけになった。
「入りなさい」
梅原の動揺を小馬鹿にするような物言いは、いつも診察室で聞いている命令口調そのものだった。
英子はバスローブをまとっただけの姿だった。
厚手の記事の上からでもわかるほどの、ふくよかに迫り出した胸元と尻は、完熟した人妻らしいボディラインを描いていた。
その上、バスから出たばかりらしく、短めな裾から覗くむっちりとした太腿が、桜色に火照って艶めかしい。
戸惑いを隠せない梅原に、英子はワイングラスを高々と揚げて見せた。
「よく来たわね、暴力MRさん」
その皮肉たっぷりな言葉で、ロマンチックな熟女への妄想は一気に霧散した。
「何かご用ですか?先生」
梅原は冷静さを取り戻すと、執事のような丁重さで女王様に尋ねた。
英子は赤ワインで口唇を濡らし、優雅に含み笑いをした。
「会社を辞めるらしいわね」
「…ええ、理由はどうあれ、先生に手をあげたことを反省しています。男としてけじめをつけることにしました」
英子は背を向けて、窓に反射して映る梅原に問いかけた。
「でも再就職先はあるのかしら?」
「…それはこの先考えます」
「あなた、確かもう五十歳でしょう。その年でこの厳しい時代に、再就職先なんて簡単に見つかるの?」
「……」
英子はワイングラスをテーブルに置き、ゆっくりと梅原に歩み寄ってきた。
「ふふ、図星だったみたいね。実はあの雪の日、あなたが帰ったすぐ後、おたくの支店長に電話したの。あなたを辞めさせなければ、今後新東京薬品の薬は一切使用しないし、今日のシンポジウムも欠席するってね。そうしたらおたくの支店長、すぐ梅原を辞めさせますって約束してくれたわ」
「な、何故そんなことを…」
つづく…
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