『プリザーブドフラワー』 最終章
『プリザーブドフラワー』
最終章
葉子は苦しそうに咳き込んだ。
「あまり無理して話さない方がいい」
「で、でも、やっとあなたに会えたのに・・あなたと逢えるなんて、もう・・」
不意に葉子の表情が曇り、見開いた瞳が潤んだ。
今まで堰き止めて来た感情が、奔流となって込み上げてきたのかもしれない。
平田は己の愚かさを責めた。
空白の二十年、葉子は平田を待ち焦がれていたのだ。
何故近くにいてやらなかったのだろう。
結局、平田はエゴの塊でしかなかった。
この病室を訪れたのも、葉子に対する後ろめたさを晴らしたいからだった。
葉子への思い遣りなど欠片もなかったのだ。
「・・済まない・・」
「嫌、謝ったりしないで・・あなたに、謝られたら、私の人生は、全部、不幸に、なってしまうじゃない・・そんなの嫌よ・・」
「・・葉子」
「私は幸せだった・・ううん、今も幸せ・・あなたを愛せて幸せだった・・」
「・・・・」
平田は項垂れた。
「あなたを愛していなかったら、きっと後悔ばかりの人生になっていたと思う。あなたを愛したからこそ、私、幸せな人生を、送れた・・」
葉子は骨と皮だけの手を差し伸べた。
「握手して・・」
平田はその掌を押し頂くように握った。
冷たい掌だった。二十年ぶりに握った手が、涙でゆらゆらと揺れて見えた。
ぽつりと葉子は呟いた。
「このまま時間が止まればいい」
「ああ・・」
だが葉子の顔を染める茜色が、刻々と暗い翳りを深めていく。
「でも、時間は、止められないね・・」
葉子は悲しげに呟いて瞳を伏せた。
そして枕元に置かれた薔薇のプリザーブドフラワーを一輪手にした。
「それなら、この花のように、色褪せることなく、あなたと一緒に明日を生きたい」
平田は葉子の瞳を見つめた。
「・・生き続けるさ」
平田は骨ばかりの葉子の手を強く握った。
葉子は幸せそうにふっと笑みを浮かべてくれた。
――閉幕――
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