『再びの夏』 第一章
由紀子は指先についた白濁液に舌で触れた。
苦かった。だがそれが邦彦の分身だと思えば、苦味も甘味へと変わっていく…
『再びの夏』
FC2 R18官能小説
(一)
晩春の京都。
梅、椿、桜_早春を彩る花々との共演を終えた京都は、一見の物見客も去り、落ち着きのあるたたずまいを取り戻していた。
花の季節もいいが、新緑の京都もまた趣がある。
芽吹く若葉の明るい緑が、年月を重ねた街並みと鮮やかな対比を描き出している。
菊川由紀子は、目映い新緑の光を浴びながら、知恩院へと続く小道を歩いていた。
路傍には、和菓子屋や漬物屋、陶芸品を売る店が並び、道行く者の目を楽しませてくれる。
そんな京都らしい風情に由紀子が目移りしていると、前を歩いていた夫の郁夫が振り向きざまに大声を出した。
「おい、のんびりしていると日が暮れるぞ」
「はいはい」
急かされた由紀子は、少しだけ足を速めて郁夫の後を追った。
傍目には、仲睦まじい夫婦の旅姿に映るだろう。
郁夫、由紀子、共に五十五歳。
すでに子供たちは巣立ち、経済的にもゆとりができ、誰に気兼ねもなく旅行を楽しめる年齢になっていた。
だが由紀子が郁夫と二人で旅行するのは、三十年前の新婚旅行以来初めてだった。
証券会社で営業部長を務める郁夫は、昔気質の典型的な会社人間だ。
決まって夜は接待か残業、休みはゴルフかゴロ寝で、三十年間家庭サービスとは無縁の夫だった。
その郁夫が、突然二人で旅行へ行こうと言い出したのだ。
夫不在の生活に慣れていた由紀子は、自分の耳を疑った。
体の具合が悪いのかと真剣に尋ねたほどだった。
由紀子は旅行先に京都を希望した。
海外旅行を考えていたのか、邦夫は少し気が抜けたような顔をしたが、すぐにガイドブックを買って熱心に旅行の計画を立て始めた。
由紀子は、仕事一途だった邦夫の心境の変化を疑いつつも、大好きな京都へ行けるならと、それ以上理由を詮索しなかった。
つづく…
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