『再びの夏』 第二章
『再びの夏』(二)
FC2 R18官能小説
(二)
知恩院の拝観を終えてしばらく歩くと、道脇の小さなガラス工芸店が目についた。
立ち止まってショーウインドーを見ると、淡いピンクのグラデーションをまとったタンブラーが由紀子の気を惹いた。
(まあ、可愛らしいこと)
由紀子を思わず口許を綻ばせた。
若い娘が喜びそうな色使いで、普段なら敬遠する派手なデザインだった。
旅先で新緑の息吹を吸い込み、気が若やいでいるのかしらと由紀子は一人微笑んだ。
ショーウインドーに映る自分の顔を見た。
生来の童顔で、若い頃は子供っぽいと悩みもしたが、逆に今は、まだ40代半ばといっても十分通用する若々しさに溢れている。
しばらくタンブラーと自分の顔を交互に見比べていると、またも先を歩いていた郁夫が引き返してきた。
「どうした?」
「見て、あの淡いピンク色のタンブラー。素敵じゃない?」
太鼓腹が突き出た郁夫は、窮屈そうに腰を屈めてショーウインドーを覗き込んだ。
どうやらタンブラーではなく、その横に小さく書かれた値札を見ているようだった。
「お前はいくつになっても、物の価値がわからないな。東京のデパートへ行けば、同じ値段で、ベネチアングラスでも薩摩切子でも、価値のある品物が買えるんだぞ」
「そ、そんな…」
「だから女は買い物が下手だと言うんだ。名の通ったブランドでないと、将来の資産価値はゼロなんだよ」
早口でまくし立てる郁夫を、由紀子は唖然として見つめた。
「わかった。京都支社に目を掛けてやった部下がいるから、明日の朝、一番有名な専門店へアテンドさせよう。そこでコップでも皿でも好きなものを買えばいいだろう」
黙り込んだ由紀子の様子を見て、郁夫は慌てて機嫌を取るように言った。
由紀子は幻滅した。
別に店先のタンブラーをねだっているわけではない。
ましてや高価なベネチアングラスが欲しいわけでもない。
ただ旅先で偶然見つけた小物の可愛らしさを、夫に知らせたかっただけだ。
ところがそんな由紀子の思いが邦夫には伝わらない。
妻の心情を理解することができないのだ。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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知恩院の拝観を終えてしばらく歩くと、道脇の小さなガラス工芸店が目についた。
立ち止まってショーウインドーを見ると、淡いピンクのグラデーションをまとったタンブラーが由紀子の気を惹いた。
(まあ、可愛らしいこと)
由紀子を思わず口許を綻ばせた。
若い娘が喜びそうな色使いで、普段なら敬遠する派手なデザインだった。
旅先で新緑の息吹を吸い込み、気が若やいでいるのかしらと由紀子は一人微笑んだ。
ショーウインドーに映る自分の顔を見た。
生来の童顔で、若い頃は子供っぽいと悩みもしたが、逆に今は、まだ40代半ばといっても十分通用する若々しさに溢れている。
しばらくタンブラーと自分の顔を交互に見比べていると、またも先を歩いていた郁夫が引き返してきた。
「どうした?」
「見て、あの淡いピンク色のタンブラー。素敵じゃない?」
太鼓腹が突き出た郁夫は、窮屈そうに腰を屈めてショーウインドーを覗き込んだ。
どうやらタンブラーではなく、その横に小さく書かれた値札を見ているようだった。
「お前はいくつになっても、物の価値がわからないな。東京のデパートへ行けば、同じ値段で、ベネチアングラスでも薩摩切子でも、価値のある品物が買えるんだぞ」
「そ、そんな…」
「だから女は買い物が下手だと言うんだ。名の通ったブランドでないと、将来の資産価値はゼロなんだよ」
早口でまくし立てる郁夫を、由紀子は唖然として見つめた。
「わかった。京都支社に目を掛けてやった部下がいるから、明日の朝、一番有名な専門店へアテンドさせよう。そこでコップでも皿でも好きなものを買えばいいだろう」
黙り込んだ由紀子の様子を見て、郁夫は慌てて機嫌を取るように言った。
由紀子は幻滅した。
別に店先のタンブラーをねだっているわけではない。
ましてや高価なベネチアングラスが欲しいわけでもない。
ただ旅先で偶然見つけた小物の可愛らしさを、夫に知らせたかっただけだ。
ところがそんな由紀子の思いが邦夫には伝わらない。
妻の心情を理解することができないのだ。
つづく…
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