『再びの夏』 第三章
『再びの夏』(三)
FC2 R18官能小説
(三)
三十年、夫婦として暮らしてきた。
由紀子は、郁夫との間に横たわる深い感情の溝を、今はっきりと見たような気がした。
たが郁夫を責めることはできない。
今でこそ、会社より家庭を大切にする風潮が主流となっているが、団魂の世代に生まれた男たちは、嫌でも会社優先の生活を強いられてきた。
会社から疲れ切って帰りつき、『風呂・飯・寝る』と言うのが精一杯な夫に、家で心の通じ合う会話を求めるのが土台、無理な注文なのだ。
だからこうして二人きりにされると、三十年に渡る感情の隔たりが、夫婦とは思えないぎこちなさを露呈させてしまう。
清水坂に入ると、修学旅行らしき黒い制服の一群が、道一杯に広がって歩いていた。
歩みが遅い由紀子に、業を煮やした郁夫がまた近づいてきた。
「何だ、疲れたのか?しょうがないやつだな。日が落ちるまでに、清水寺から三十三間堂まで回らないと、せっかく立てたスケジュールが狂ってしまうんだ」
苛立ちを募らせた郁夫は、脂性の顔をてかてかと赤らめていきり立った。
「…わかっています」
「だから俺が言う通り、最初からタクシーを使えばよかったんだ。そうすれば、もっとたくさんの寺や神社を効率的に見て回れたのに。それなのにお前が、できるだけ歩いて回りたいなんて言い出すから」
憎々しげに歪んだ口から、強い口臭と汚らしい唾の飛沫が飛ぶ。
由紀子は心痛に耐えた。
郁夫の一言一言が、醜い老いた容貌が、由紀子の神経を刺々とささくれ立たせた。
「…すみません」
苦痛から逃れたい一心で、不本意だったが由紀子は謝った。
どうせ何を言っても、郁夫が聞くはずはないと諦めていた。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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三十年、夫婦として暮らしてきた。
由紀子は、郁夫との間に横たわる深い感情の溝を、今はっきりと見たような気がした。
たが郁夫を責めることはできない。
今でこそ、会社より家庭を大切にする風潮が主流となっているが、団魂の世代に生まれた男たちは、嫌でも会社優先の生活を強いられてきた。
会社から疲れ切って帰りつき、『風呂・飯・寝る』と言うのが精一杯な夫に、家で心の通じ合う会話を求めるのが土台、無理な注文なのだ。
だからこうして二人きりにされると、三十年に渡る感情の隔たりが、夫婦とは思えないぎこちなさを露呈させてしまう。
清水坂に入ると、修学旅行らしき黒い制服の一群が、道一杯に広がって歩いていた。
歩みが遅い由紀子に、業を煮やした郁夫がまた近づいてきた。
「何だ、疲れたのか?しょうがないやつだな。日が落ちるまでに、清水寺から三十三間堂まで回らないと、せっかく立てたスケジュールが狂ってしまうんだ」
苛立ちを募らせた郁夫は、脂性の顔をてかてかと赤らめていきり立った。
「…わかっています」
「だから俺が言う通り、最初からタクシーを使えばよかったんだ。そうすれば、もっとたくさんの寺や神社を効率的に見て回れたのに。それなのにお前が、できるだけ歩いて回りたいなんて言い出すから」
憎々しげに歪んだ口から、強い口臭と汚らしい唾の飛沫が飛ぶ。
由紀子は心痛に耐えた。
郁夫の一言一言が、醜い老いた容貌が、由紀子の神経を刺々とささくれ立たせた。
「…すみません」
苦痛から逃れたい一心で、不本意だったが由紀子は謝った。
どうせ何を言っても、郁夫が聞くはずはないと諦めていた。
つづく…
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