『プリザーブドフラワー』 第五章
『プリザーブドフラワー』
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平田はドアをノックした。
返答はない。
恐る恐るそっとドアを細く開くと、病室は窓から射し込む西日で、壁も床も燃えるような茜色に染まっていた。
部屋の中央にベッドが一つ置かれている。
そのベッドを取り囲むように医療機械が並び、無機質な信号音を間歇的に響かせていた。
ベッドに寝ていた葉子が小さく動いた。
平田は無言で頭を下げた。
全身を医療器械のコードで縛られた葉子は、痩せこけた顔を平田の方へ向けた。
「ひ、平田部長・・来てくれたの・・」
「・・よ、葉子」
平田はやっとそれだけ口にすると、凍りついたようにその場に立ち尽くした。
変わり果てた姿だった。
豊満な肢体を誇っていた葉子が、一回り縮んで干からびたように小さくなっている。
「ここへ座って・・」
葉子は枕元に置かれた椅子を手で示した。
そのパジャマから覗く上腕が、ミイラのように骨と皮ばかりになっている。
そして腹水が溜まっているのか、餓鬼のように腹だけが膨らんで見えた。
平田は病に侵された葉子をある程度想像していた。
だがここまで残酷だとは信じられなかった。
平田は仙台へ来たことを後悔した。
かつての愛人に、痩せこけてしまった自分の姿を見られることが、葉子にとってどれほど苦痛なのか考えもしなかったからだ。
平田は涙腺が弛むのを感じて、強張る筋肉で無理矢理笑顔をつくった。
つづく…
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