『プリザーブドフラワー』第三章
『プリザーブドフラワー』
3
二人の逢瀬は週一回、会社が退けた後のホテルで重ねられた。
「このまま時間が止まればいい」
それが閨での葉子の口癖だった。いくら気丈でも女は女。
夫へ背を向ける孤独を、趣味のフラワーアレンジメントだけでは埋める術もなく、心の支えを平田に求めずにはいられなかったのだ。
そんな葉子の苦悩を、平田は陰ながらでも支えたいと願った。
だが二人だけの濃密な時間を重ねるに連れ、平田の心は袋小路へと追い詰められていった。
むろん葉子への想いは遊びでも憐憫でもなかった。
だが妻子と決別するほどの熱情を持ち合わせていない平田は、次第に葉子の存在が鬱陶しく覆い被さってくるのを感じた。
恋に全てを捨てられるほど若くはなかった。
葉子の想いに応えられない不実さに、平田は独り苦悩させられる日々が続いた。
葉子との蜜月は二年で終わった。
正式に別れを告げたわけではなかったが、平田が東京本社へ栄転したのを機に、二人の関係は自然消滅した。
平田は葉子を振り返らなかった。
課長に昇進した平田には、この先本社で実力を認められれば、薔薇色の出世街道が開けていた。
葉子との関係を東京まで引きずって行くわけにはいかなかった。
それにも増して平田が別離を望んだ理由は、葉子が夫と離婚したことにあった。
葉子は平田を愛したからとは言わなかった。
だが平田の存在が、葉子の決断を促したことは否めなかった。
平田は葉子を恐れた。
独りになった葉子から結婚を強いられれば、順風な平田の人生は足元から崩れかねない。
ところが葉子は平田に何も求めなかった。
仙台を去る平田を葉子は静かに見送ってくれた。
それが却って平田の心に苦味を残した。
別れたくないと泣いて縋られた方が、どれほど楽だったろうか。
二人はその後、平田の仙台出張で顔を見合すことはあっても、プライベートで会うことは二度となかった。
つづく…