『プリザーブドフラワー』第二章
『プリザーブドフラワー』
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平田と駒木葉子は、かつて不倫と世に疎まれる関係にあった。
社内でも不倫はご法度になっている。二十年前の不徳義ではあるが醜聞に時効はない。
もし今、二人の関係が露見すれば、役員昇格レースの先頭を走る平田の致命傷になりかねない。
だがそんなリスクも重々覚悟の上で、平田は葉子の見舞いに駆けつけたのだった。
三十代半ばの営業係長時代、平田は仙台支社で三年間勤務していた。
当時、すでに妻も子もいた平田だったが、経理課に勤務する葉子と恋に落ちた。
四歳年下の葉子もまた、結婚したばかりの新妻だった。
凛として端正な顔立ちをした葉子は、ショートヘアが似合うボーイッシュな感じの美人だった。
容貌に違わず、性格も男勝りで気が強く、妻と言う添え物の座に、大人しく縛られている女ではなかった。
二人は仙台支社の忘年会で意気投合し、その夜にはホテルで肌を重ね合わせていた。
北国育ちらしく、葉子の肌は青い月のように冷たく澄んでいた。
しかし子供を産んでいない三十路の豊穣な肢体は、一度平田に抱きすくめられると、その欲情を灼熱のマグマのように熱く噴き上げた。
猛り狂う葉子の熟肢は、まるで夫へ復讐でもするかのように、平田の体へ何度も何度も絡みついてきた。
葉子は結婚を後悔していた。
三十路を前に婚期を焦った葉子は、親戚の勧めで見合いした男を、熟慮することなく伴侶に選んだ。
確かに夫は人も羨む高学歴の銀行員だった。
ところが仮面を脱いだ夫は、我が儘な亭主関白で、葉子を住み込みの家政婦兼乳母としてしか扱わなかった。
自由は全て奪われ、ロポットのように家庭へ傅くことを強いられた。
子供ができるまで会社勤めは許されたものの、この先何十年もこの夫に尽くすのかと思うと、葉子はぞっと鳥肌立つ思いがした。
もし子供ができて家庭に閉じ込められたら、間違いなく気が狂ってしまうだろう。
絶望に打ちひしがれた葉子にとって、平田は人生に風穴を開けてくれる救世主だった。
そして柔肌の深奥に息づく熱情の捌け口でもあった。
つづく…