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『蟻地獄』 第十三章

『蟻地獄』
十三

缶ビールを和彦はあおった。
半月ほど前、二人は沖縄出身ミュージシャンのコンサートへ行った。

ところが、佳美が帰ってきたのは深夜の十二時を回っていた。
コンサートが終わって、川崎と食事をして話し込んでしまったと言う。

(おそらく・・)

コンサートで意気高揚した男と女が、食事だけで収まるわけがない。
すでに佳美と川崎は、男と女の関係になっているに違いなかった。

だが責めるつもりはない。
和彦は改めて佳美を愛おしく想った。

川崎に抱かれる佳美を毎晩のように夢想した。
その黒い愉悦は和彦の体を蝕んで行った。
そしていよいよ今晩、待ち望んだ二人の情事を目の当たりにできる手筈になっていた。

和彦には計画があった。
川崎を誘ったのも、昼からビールを飲んでいるのも、佳美と川崎の情事を見守るためだった。

(もう引き返すことはできない)

むしろ和彦は、夢想ではなく、現実に蟻地獄を滑り落ちる悦びに身を震わせた。

その夜、三人での宴が始まった。
関東飲料は、海岸沿いに建つリゾート・マンションの四部屋を保養所として所有していた。

和彦は十三階の隣り合わせになった二部屋を予約した。
一部屋は和彦夫妻用、そしてもう一部屋は川崎用だった。

宴会には川崎の部屋を使うことにした。
泡盛と簡単な手料理を並べた佳美は、相模湾に向いたリビングのサッシを開けた。

「ねえパパ、海が真っ暗で怖いわ」

昼間ビールを飲み過ぎた和彦は、ソファに寝転がってテレビを見ていたが、佳美に呼ばれてバルコニーへ出た。
昼間は風光明媚な海辺の景色も、夜ともなれば、空との境もなく一面の闇に変わっていた。
つづく…
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る

theme : 本格官能小説 
genre : アダルト

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Author:紅殻格子 
紅殻格子は、別名で雑誌等に官能小説を発表する作家です。

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