小説 「妄想の仮面」 第十六章・・・
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『妄想の仮面』 紅殻格子
十六.妻の独白(七)
私の心は揺れていました。
とうとう清川君に裸身を晒してしまいました。
しかも、主人にしか許したことがない乳房への愛撫まで許したのです。
浮気、不倫、背徳――いろいろな言葉が私を責めます。
ごく平凡な妻として母としての道を歩んできたのに、私は、いえ、私の中の女は、人の道を踏み外せと唆しているのです。
主人と愛美を愛している。
でも清川君に抱かれてみたい。
矛盾する二人の人格が、一人の私を苛み続けるのです。
ところが主人は、そんな私の苦しみを知ってか知らずか、とんでもないことを言い出したのです。
「由美子、清川が風邪をひいて寝込んでいるんだ。あいつ一人暮らしだから飯もつくれないだろう。ちょっと見舞いがてら、面倒を見てきてやってくれないか?」
土曜日の朝、ゴルフへ出かけた主人からの携帯でした。
清川君は昨日から会社を休んでいるらしく、今日も社内コンペを欠席するほどだから、相当体が弱っているのではないかと心配そうです。
「き、清川君が?」
元気な彼がゴルフを休むなんて、きっと重症に違いありません。
今すぐにでも飛んで行って、清川君を看病してあげたい。
でも清川君に逢ったら、私が私でなくなってしまうような気がしました。
「愛美のバスケ練習があるし・・」
「愛美なら一人で行けるだろう。それに車なら、清川のアパートまで十五分もかからないだろう」
「え、ええ・・」
「じゃあ頼んだぞ」
突然携帯が切れました。
主人は、私と清川君のことを何も気づいていないのです。
私の揺れる心も。
愛美を家から送り出すと、私は着替えして車に乗り込みました。途中スーパーで食材を買い込み、以前我が家で酔いつぶれた清川君を、主人と送ったアパートへ向かいました。
(清川君・・)
アパートへ近づくにつれて、冷静だった私の心は、徐々に切迫感を覚えていきました。一刻も早く清川君の看病をしたい。
それができるのは私しかいない。
もう主人も愛美のことも頭にはありません。
鼓動が高鳴ります。
もう私は、清川君のことしか考えられなくなっていたのです。
つづく・・・