小説 「妄想の仮面」 第十五章・・・
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『妄想の仮面』 紅殻格子
十五.夫の独白(八)
二週間後。
私は一人、暗闇でじっと正座している。
ここは、清川が住むアパートの押入れの中である。
清川のアパートは古い2DKで、部屋は居間と寝室とに使い分けていた。各部屋には、上下二段に仕切られた押入れがあり、私はその寝室の方に身を潜めているのだった。
襖を細く開くと、眩しい光とともに、部屋の造作が目に飛び込んでくる。六畳間の真ん中にベッドが置かれている。その上では、清川が寝そべって漫画の雑誌を読んでいる。
私は清川に声をかけた。
「清川、喉が渇いた。買ってきたペットボトルを持ってきてくれ」
「あ、わかりました」
清川は台所へ行くと、襖を開けてミネラルウォーターを差し出した。
「強めに冷房しているんですが、まだ暑いですか?」
「いや、室温の温度はちょうどいい。少し緊張しているのかもしれない」
そう言うと、私は口を潤す程度にミネラルウォーターを飲んだ。
いよいよ由美子が完全な女へと変貌する。この部屋で、私の目の前で、これから清川に抱かれるのだ。
悔いはない。
清川の誘惑に、あっさりと応じてしまう由美子に、歯噛みするほどの悔しさを感じるのも事実だ。
だが男を嫉妬させるから女なのだ。
従順な忠犬ではなく、気まぐれで浮気なメス猫だからこそ、独占欲をくすぐられた男は惚れるのだ。
由美子を愛し続けたい。
ならば妻や母と名づけられた鎖から、由美子を解き放たなければならない。長年、私の心に巣食ってきた妄想がついに叶う時がきた。
黒い愉悦が私を男として蘇らせるのだ。由美子を悪魔への生贄に捧げることで、私は永遠に男の本能を保ち続けることができるのだ。
玄関のチャイムが鳴った。
「こんにちは」
由美子の声がした。
清川が真顔で私の顔を見た。
私は黙って頷くと、押入れの襖をわずかな隙間だけ残して閉めた。
いよいよ最終章の幕が開いた。
つづく・・・